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学園生活のはじまり
今日は、名門良家の子息子女のみならず、王族まで通う名門校アカンサス学園の入学式。
女生徒は、薄いブルーグレーのシックな制服に、上品な落ち着いた赤のリボン。新入生のリボンの色はこれなのです。そう。今日から、私、ルビセル・ラズリも、この学園へ通うのです。
入学式も無事に終わり、私は自分の教室へとやってまいりました。
「あら、ルビー。あなたのクラスはここなのね」
廊下の向こうからやってきたのは、銀色の長い髪を素敵に結った伯爵令嬢ヴィオレーヌ・ベリル様。私は、さっとお辞儀をして挨拶した。
ヴィオレーヌ様は12歳のころから、同い年の王太子殿下の婚約者と言われている方。私は、彼女とは同じ年ごろの貴族の娘として、社交界やお茶会で顔を合わせている “ご友人”。
でも子爵家のラズリ家は、公爵家のベリル家よりは格下の貴族なのです。
「ルビーはこのクラスなのね。さすが優秀ね。私は隣のクラスよ。あなたのクラスには王太子殿下もいらっしゃるわ。どうぞよろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
さすがヴィオレーヌ様。気品あふれる物腰。
ヴィオレーヌ様のことを、ちょっと怖い、厳しい、とおっしゃる方もいるけれど、それはヴィオレーヌ様が誰よりもご自分に厳しく、そして努力をされているからなのです。
私が自分の教室に入ると、なにやら眩い一角が…。
王大使殿下イアロフェン・アジュレイド様と、ご親友の公爵家ご子息ステア・タルク様、同じく公爵家で騎士団長を務めるジャスピオ家のご子息ゼブラス様、たちでした。
皆さま、文武両道、眉目秀麗と、いくつもの才能を兼ね備えた方々。
やはりオーラが違いますので近寄りがたく、私だけでなくほかのクラスメートたちも、遠巻きに見ることしかできないのです。それなのに…。
「あっ…! 」
ガタガタンッ。クラス中が、物音のしたほうに注目いたしました。
赤味がかった栗色の髪の女生徒がひとり、お三方のそばを通ろうとして、机の脚につまづいて転んだみたいなのです。よりによってそこを通らなくてもいいのに…。
お三方もしばし注意を向けましたが、何を手間取っているのか、なかなか立ち上がれない彼女。クールなジェントルマンと評判のステア様が、耐えきれず声をかけられました。
「…大丈夫? 」
「あ、はい…。ちょっと引っかかちゃったみたいで…」
言ってから、彼女はようやく立ち上がり、お三方にニコッと微笑みを向けたのです。
「あの、私、フロラス・ブロンサです。1年間同じクラス、よろしくお願いします」
そこは、お声をかけて頂きありがとうございます、とお礼を言うべきでは?
周りの方々もハラハラして見ていた中、彼女はなんと、自分から名乗ってしまわれました!!
クラス中がざわめいたのも無理はありません。
身分の上の方には、お声をかけられてから初めて、こちらが話すことができるのです。
さらに、問われてから名を名乗るべきなのに、声をかけられたわけでも問われたわけでもないのに、自分から名乗るなんて…。
しかし、ここはさすが器量の大きさが違うのでしょうか。王太子イアロフェン様は、ふっと笑って
「私はイアロフェン・アジュレイド。よろしく」
と、爽やかに答えられたのです。
入学早々、話題となったフロラス・ブロンサ様。庶出の方ということで、ちょっと納得できました。
アカンサス学園は、トップクラスの学力を維持していますが、それは優秀な平民の方々のおかげもあるのです。
名門良家のご子息ご令嬢とはいえ、学力がさほどでもない方もいらっしゃる。が、ほかの学校へ通うには、貴族として校風的に問題がある場合が多いのです。
学力にあった学校へ通う貴族もいらっしゃいますが、大抵の貴族の親はアカンサス学園へ入れたがります。
しかし、そうなると学園全体の学力は落ちてしまいます。名門アカンサスの実力を保つために、庶出の特待生を受け入れ、返金なしの奨学金と、学園付属の寮が完備されているのです。
そのためアカンサスでは学力に応じたクラス分けがされています。
一応、私も学業は少々できるほうでして、入学試験の結果として最優の、王太子様たちと同じクラスに配されたのです。
でも、いくら庶出でも、口を利くときのマナーくらいはわかっていそうなものですけれど…。
入学式当日早々ひと騒ぎありましたが、その後の学園生活は、比較的順調に過ぎていったのです。
さて、ある日のお昼の時間になりました。
学園にはランチテラスがあり、注文した料理や、持ってきたお弁当を、そこで食べることができるのです。いわゆるセルフサービス方式なのです。
私はお弁当を持ってきたので、テラスで食べる席を探していました。
「まあ、ルビセル様。あなたお弁当なの? 」
“ご友人”のチェシー・タフェスが話しかけてきました。
小さいころから貴族同士、交流を深めるためといって、あちらの家、こちらの家でお茶会などが開かれます。
チェシー様とは、そういったところで見知った“お友達”。もちろんヴィオレーヌ様とも“お友達”なのです。
「ええ。自分で作りたかったので」
「まあ、ご自分で? 」
「ええ。このくらいは」
「ルビセル様は、お菓子作りもされるんだったわね」
私の家、ラズリ家にもシェフはいるけれど、お菓子が好きな私は自分でもクッキーを作ったり、ケーキを焼いたりするようになりました。それが高じて、料理にまで手を出すようになったのです。
「自分で作ると、自分の好きなものが、食べられるので」
「それはそうかもしれないわね。でも、私は、料理は無理。シェフ任せよ」
そう言うと、チェシー様は行ってしまわれました。
ところで、私の今日のお弁当は、サンドイッチにミニオムレツ、ポテトボール、なのです。窓際に座り、ひとり黙々と食べていると、向かいの席に座った方が話しかけてきました。
「こんにちは」
顔を上げると、噂のフロラス・ブロンサ嬢。彼女もお弁当らしき袋を持っています。
「同じクラスですよね」
にこっと屈託なく笑って言われました。
私を貴族と思ってないのでしょうか? まあ、そのための制服ですものね。あまり身分にとらわれないようにという学園の理事の意向で。でも、王太子様たちくらいは、オーラからして、分かりそうなものだけど。
「ええ。ルビセル・ラズリと申します。どうぞよろしく」
「私はフロラス・ブロンサ。よろしくね」
はい。存じ上げておりますとも。
そこへ、先ほどのチェシー様はじめ、ヴィオレーヌ様の“ご友人”たちがやってきたのです。
「あなたがフロラス・ブロンサね」
「はい。私になにか? 」
「何かじゃないわ。入学式の日、王太子様たちにご無礼を働いたそうじゃないの」
「ご無礼? 」
「そうよ。わざと近づいたり、先に名乗ったり。公の場ではけして許されないことよ」
「そうよそうよ。あなた、王太子様たちって分かってたの? 」
「はい…。知ってます」
「ご親友の、ステア様とゼブラス様も? 」
「はい…」
「知っていて、あの行い? 」
「私たちだって、軽々しく声をかけられない方々なのよ」
荒れてきた雰囲気に、思わず私は口をだしてしまいました。
「あのー、こんな食事の場で、やめましょうよ。皆さん、見ているわ」
「ルビセル様、あなたも貴族なんですから、庶出とは線をひいたほうがよろしいわよ」
「大体あなた、彼女と同じクラスでしょう。注意くらいしたの? 」
「一緒にランチをとるなんて、どうかしてるわ」
これは失敗しました。矛先がこちらに向いてしまいましたね…。
「あなたたち、何をなさってるの」
そこへ天の助け! ヴィオレーヌ様が来てくださいました。
「ほかにも食事なさってる方がいらっしゃるのよ。場をわきまえたほうがよろしいのでは?」
「でも…、ヴィオレーヌ様…」
「この方も、次第に振る舞い方を学んでいくでしょう」
さっと身を翻して行かれたヴィオレーヌ様のあとを、“ご友人”たちは追いかけていったのです。
はぁ。よかった。
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