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難しい問題①
「ルビーったら、どうしていなくなっちゃったのよ? 」
屋敷に帰ってからロズベル姉さまが文句を言ってきたのです。パーティーでのジェデイド様とのダンスのことなのです。
「ええっと、だってほかのご令嬢たちが…」
「せっかくジェデイドと踊るチャンスだったのに。彼、人気があるから、パートナーになるの大変なのよ」
「それなら尚更、私のことはお構いなく…」
「ルビーが作ったキャラメルをジェデイドにもあげたら、パーティーでぜひキャラメル嬢と踊りたいって言ってたんだから」
「キャラメル嬢?! 」
なんでしょう。その、なんとも恥ずかしくセンスに欠けるネーミング…。ぜひとも返上したいのです。
「ロズベル姉さまは、ジェデイド様と仲がよろしいのね」
「ええ? まあ、そうね。ずっと同じクラスで、気が合うというか…。それより、ルビーは影が薄いんだから、ああいうところで素敵な男性と出逢うチャンスを逃しちゃだめよ」
「はあ…」
「もう、わかってるの? 心配してるのに。うちは4人も娘がいるんだから、下の私たちは適当なところへ嫁に出されるしかないのよ。どうぜ適当なら、自分で好きな人を見つけて、その人と結婚したほうがいいでしょう」
「まあ、そうだったのね」
「そうよぉ~。まったくルビーは呑気なんだから」
「だって私、将来のことよりも、明日の授業のことが気にかかっていて…。そうだ、ロズベル姉さま、教えてくれない? 数学の問題なのだけど」
「私、数学は苦手。それに1年生のときのなんて、忘れてしまったわよ」
「そんな…」
「私が使ってた参考書をあげるわ。それもジェデイドにもらったものだけど」
「まあ。お姉さま、ありがとう」
ロズベル姉さまから参考書をいただいたものの、やっぱりわからない問題があるのです。
しかも、授業あるあるで、こういう分からない問題のときに限って、先生が自分に当てたりするのです。私の隣はゼブラス様ですから、今までの授業でもまだ当てられたことはないのですが、油断は禁物です。
それにしても…、わからない…。どうしよう…。
次の日、問題がわからないままお昼休みになり、学園のいつもの中庭でのお弁当のあと、参考書を見ながらため息をついてしまいました。
今日も聞こえてきたピアノの音が、せめてもの心の慰めなのです。しかもこの曲は、ピアノの主がよく弾いている聞き覚えのある曲なのです。
そこへふと目に入ったのが…、あれはヴィオレーヌ様ではありませんか。ベンチに腰をかけて、なんだか元気がありません。ついつい気になって、声をかけてしまったのです。
「あの…、ヴィオレーヌ様? 」
「あら、ルビー…」
ヴィオレーヌ様は、私を見上げて答えました。
「どうかなさいましたか? お元気がないようですけど」
「あ、いえ…。でも…、そうね。ルビーになら、話してもいいかしら」
「何でしょう? 」
「ええ、実は…。あ、その前に、どうぞ座って」
ヴィオレーヌ様に言われて、お隣に座らせていただいたのです。
「実はね、先日の学園でのパーティーで、イアロ様が私に、チェシー様たちとフロラス様のことをお聞きになってきたの」
ああ、あのことですのね。
「私はチェシー様たちがそんなことをしてるなんて知らなくて…。だから、そう言ったら今度は、イアロ様は私に、フロラス様とお友達になってくれないかなんて仰ったの。
でも私あの方のこと何も知らないし、クラスも違うし、会うこともないのよね。イアロ様の仰ることだから、そうしたいのだとは思うのだけど、一体どうしたらいいのか…」
「そうだったのですね」
もう、イアロフェン様ったら。あれはチェシー様たちとフロラス様のことで、ヴィオレーヌさまは関係ないのですのに!
「イアロ様がそんなことを仰ったのは、チェシー様たちが、普段からフロラス様に、なにかと文句を言っているからだとは思うの。まああの方たちも、私のためを思ってしてくださってるのでしょうけど…」
そうです、ヴィオレーヌ様はまったく関係ないのです。
「それで、イアロ様のご期待に沿うように、フロラス様を誘ってお茶会でも開こうかと思ったの。でもお茶会を開くとなると、チェシー様たちも呼ばないわけにいかないし、そうなったらまた何か起こるんじゃないかと…」
ヴィオレーヌ様もいろいろ考えてらっしゃる。確かに、お茶会を開くとなると、それはそれで大変そうなのです。
「でも本当は…、イアロ様が、私がチェシー様たちに、フロラス様に何か言わせたのじゃないかって、疑ってるようなのが、一番つらくて…」
「まあ! ヴィオレーヌ様、そうだったのですね! 」
それでそんなに元気がなさそうだったのですね。どうしましょう、何か元気づけてあげられることは…。あ、そうですわ。
「あの、ヴィオレーヌ様、これを…」
「あら…、これ、ルビー、また作ったの? 」
私は作って持ってきたキャラメルをひとつお渡ししたのです。
「はい。今回は、チョコレートを混ぜてみました」
「ありがとう。まあほんと、黒い色をしているわ。食べてもよろしくて?」
「もちろんです。どうぞ」
ヴィオレーヌ様はカサカサと包みを開けると、黒いキャラメルをパクっと口に入れられたのです。
「甘くて、おいしい…。ありがとう、ルビー。ちょっと元気が出てきたわ」
「良かったです」
私はちょっと、ほっとしたのです。
「このあいだ頂いたキャラメル、イアロ様にも差し上げたら、とても喜んでらしたわよ。そうよね、イアロ様はお優しいのよね…」
お優しいとは言っても、こんなにヴィオレーヌ様を悩ませるなんて、私にはちょっと許せませんのです。
「そうだわ。ルビーはフロラス様と同じクラスよね。私を彼女に紹介してくださらない? 」
「えっ? 」
「そうよ、それなら自然だわ。どうやって紹介してもらおうかしら…。そうだわ、ルビーはいつも外でお弁当を食べてるでしょう。フロラス様もいつもお弁当みたいだし。私もお弁当にしてもらうから、今度3人で一緒に、ってことで、話をしてもらえないかしら」
「は、はあ…。3人でお弁当を…」
「ランチテラスだとまた目立ってしまうといけないから、ルビーがいつも食べてるところがいいわね。どうかしら」
「え、ええ…、まあ、その…。構わないといえば構わない、ような…」
「そう、良かった! じゃあ機会があったらフロレス様に、そのように話をしてみてね。どうもありがとう。助かったわ」
そう仰ると、ヴィオレーヌ様は元気になって、校舎へと戻って行かれたのです。
フロラス様とヴィオレーヌ様と、3人でお弁当を…。
影が薄い私が、目立ってるお二人と一緒になんて…。なぜ、こんなことになったのでしょう。
呆然としてまだそこに座っていると、ピアノの音はもう聞こえてきていないことに気づいたのです。
そこへお昼休み終了の鐘も鳴り響きました。
あ、そういえば、難しい問題をまだ解けてなかったんですの…。
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