音楽室で

1/1
前へ
/40ページ
次へ

音楽室で

 ステア様、来てくださるでしょうか。  ステア様への手紙は、本から少しはみだすようにしてい挟めておいたから、きっと気づいたはずなのです。  手紙にはこんなことを書いたのです。  ピアノの上に置いておいたキャラメルのことで、お聞きしたいことがあること。  お昼休みのピアノのこと。  図書室での本のこと。  ほかにも、お聞きしたいことがある、ということ…。  そしてもし、ステア様が来てくださらなければ、それをお返事として受け取ります、ということ。  ステア様、どう思われたでしょうか。  そもそも、私のことをどのくらいご存知なのでしょうか。  お名前は知っていてくださったようだけど…。  音楽室の前に来ると、まだステア様はいらしてないようなのです。  私は、扉にそっともたれかかったのです。  来てくださるのでしょうか…。  廊下の窓から下を見下ろすと、ロウソクの灯りに揺れる広間が見えたのです。  ヴィオレーヌ様やフロラス様は、無事にロウソクを灯されたのでしょうか…。  そんなことを考えつつしばらく待っていましたが、ステア様はいらっしゃらないのです…。もう時間なのですが…。  もう少し、もう少し、と、どのくらい待ったでしょうか…。そのうちになんだか涙が出てきてしまったのです。  来ないのですね…。  涙を拭って、もう帰りましょう、と思った時に 「ごめん! 遅くなって…」  少し息をきらして、ステア様が現れたのです。 「ステア様…」  本当に? 夢じゃない?  でも、でも、私と同じで、ご丁寧にお断りにいらしたのかもしれない。  一度ガックリしたあとの期待、そしてまた失望。 私はそんな複雑な感情を抱えたまま、ぼんやりとステア様を見ていたのです。 「これを探していて…」  ステア様が取り出したのは、きれいに折りたたまれたハンカチだったのです。  あっ、このハンカチは、私の…。 「ピアノの上に置いてあったキャラメルを包んでいたハンカチ。もしかして君のかと思って」  やっぱり!!  私はこくこくと頷きながら、ハンカチを受け取ったのです。 「お昼休みにピアノを弾いてらしたのは、やっぱりステア様だったのですね」 「キャラメルを置いたのは、やっぱり君だったんだね。ゼブラスやイアロの話から、そうかなと思って」 「はい。いつもお昼休みにピアノを聞くのが楽しみだったので、そのお礼にと」  私がそう言うと、ステア様は優しく微笑まれたのです。 「いつも、中庭の木の下で聞いててくれたよね」 「ご存知だったのですか? 」 「音楽室から外を見下ろしたときに、君が木の下にいるのを見ることがあったから」  見られていたとは、思いもしなかったのです。 「元気がないヴィオレーヌ嬢に話しかけたりしてたよね」 「まあ、それも見てらしたのですか? 」 「フロラス嬢とも3人で、お昼を食べていたり」 「まあ…」 「ダンスパーティーでは、あの時、お茶やお菓子をひっくり返して、フロラス嬢を助けようとしたんだろう? 」 「…」 「教室ではいつも、ゼブラスのところに集まってくる人たちに遠慮して、早めに帰っていただろう。それから…」 「…ステア様、まだ、あるのですか? 私… 」  こんなにも気づいていてくださってた、見ててくださってた。  そのことだけで、私は胸がいっぱいになって、なぜかわからないけど、涙さえ滲んできてしまったのです。 「図書室では、僕が借りようと思ってた本を熱心に見ていたから、あの詩人が好きなんだろうと思った」  ああ、もう…。  私は泣きそうになって、両手で顔を覆ってしまったのです。  もうじゅうぶんです。ステア様。  そんなに見ててくださったことだけで、私はじゅうぶん幸せなのです。 「ステア様…、私…、私…。…ほんとに、ありがとうございます… 」  ああ、もっとちゃんと、いろいろお礼を言いたいのに、涙が出てきて言えないのです。 「ごめん。なんだか泣かせちゃったみたいだね」  いえいえ違うのです。ステア様のせいではないのです。  と、言いたいのだけど、涙で言えないのです。  私は顔を覆いながら、首をぶんぶん横にふりました。 「いいから、気にしないで。落ち着いたら広間へ行こう。ロウソクは持ってきてる? 」  え?  思いがけない言葉に、私の涙はふっととまり、顔をあげてステア様を見たのです。 「だって、そのつもりだったんだろう? 」  ぎゃーーーーーっっ!  そうです。そうですけど、ちょっと忘れてたのです。  この上さらに、なんという幸せなのでしょう。 「で、でも、顔が… 」  私は持っていたハンカチで、ぐしゃぐしゃの顔を拭いたのです。 「大丈夫だよ。ロウソクの灯りだけで暗いから、よく見えないよ」  確かに…。  でも私にはなぜか、ステア様のお顔は輝いて見えるのです。 「ステア様、本当に、いいのですか? 」  私の言葉にステア様は、ただやさしく微笑まれ、すっと腕を差しだされたのです。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加