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音楽室で
ステア様、来てくださるでしょうか。
ステア様への手紙は、本から少しはみだすようにしてい挟めておいたから、きっと気づいたはずなのです。
手紙にはこんなことを書いたのです。
ピアノの上に置いておいたキャラメルのことで、お聞きしたいことがあること。
お昼休みのピアノのこと。
図書室での本のこと。
ほかにも、お聞きしたいことがある、ということ…。
そしてもし、ステア様が来てくださらなければ、それをお返事として受け取ります、ということ。
ステア様、どう思われたでしょうか。
そもそも、私のことをどのくらいご存知なのでしょうか。
お名前は知っていてくださったようだけど…。
音楽室の前に来ると、まだステア様はいらしてないようなのです。
私は、扉にそっともたれかかったのです。
来てくださるのでしょうか…。
廊下の窓から下を見下ろすと、ロウソクの灯りに揺れる広間が見えたのです。
ヴィオレーヌ様やフロラス様は、無事にロウソクを灯されたのでしょうか…。
そんなことを考えつつしばらく待っていましたが、ステア様はいらっしゃらないのです…。もう時間なのですが…。
もう少し、もう少し、と、どのくらい待ったでしょうか…。そのうちになんだか涙が出てきてしまったのです。
来ないのですね…。
涙を拭って、もう帰りましょう、と思った時に
「ごめん! 遅くなって…」
少し息をきらして、ステア様が現れたのです。
「ステア様…」
本当に? 夢じゃない?
でも、でも、私と同じで、ご丁寧にお断りにいらしたのかもしれない。
一度ガックリしたあとの期待、そしてまた失望。
私はそんな複雑な感情を抱えたまま、ぼんやりとステア様を見ていたのです。
「これを探していて…」
ステア様が取り出したのは、きれいに折りたたまれたハンカチだったのです。
あっ、このハンカチは、私の…。
「ピアノの上に置いてあったキャラメルを包んでいたハンカチ。もしかして君のかと思って」
やっぱり!!
私はこくこくと頷きながら、ハンカチを受け取ったのです。
「お昼休みにピアノを弾いてらしたのは、やっぱりステア様だったのですね」
「キャラメルを置いたのは、やっぱり君だったんだね。ゼブラスやイアロの話から、そうかなと思って」
「はい。いつもお昼休みにピアノを聞くのが楽しみだったので、そのお礼にと」
私がそう言うと、ステア様は優しく微笑まれたのです。
「いつも、中庭の木の下で聞いててくれたよね」
「ご存知だったのですか? 」
「音楽室から外を見下ろしたときに、君が木の下にいるのを見ることがあったから」
見られていたとは、思いもしなかったのです。
「元気がないヴィオレーヌ嬢に話しかけたりしてたよね」
「まあ、それも見てらしたのですか? 」
「フロラス嬢とも3人で、お昼を食べていたり」
「まあ…」
「ダンスパーティーでは、あの時、お茶やお菓子をひっくり返して、フロラス嬢を助けようとしたんだろう? 」
「…」
「教室ではいつも、ゼブラスのところに集まってくる人たちに遠慮して、早めに帰っていただろう。それから…」
「…ステア様、まだ、あるのですか? 私… 」
こんなにも気づいていてくださってた、見ててくださってた。
そのことだけで、私は胸がいっぱいになって、なぜかわからないけど、涙さえ滲んできてしまったのです。
「図書室では、僕が借りようと思ってた本を熱心に見ていたから、あの詩人が好きなんだろうと思った」
ああ、もう…。
私は泣きそうになって、両手で顔を覆ってしまったのです。
もうじゅうぶんです。ステア様。
そんなに見ててくださったことだけで、私はじゅうぶん幸せなのです。
「ステア様…、私…、私…。…ほんとに、ありがとうございます… 」
ああ、もっとちゃんと、いろいろお礼を言いたいのに、涙が出てきて言えないのです。
「ごめん。なんだか泣かせちゃったみたいだね」
いえいえ違うのです。ステア様のせいではないのです。
と、言いたいのだけど、涙で言えないのです。
私は顔を覆いながら、首をぶんぶん横にふりました。
「いいから、気にしないで。落ち着いたら広間へ行こう。ロウソクは持ってきてる? 」
え?
思いがけない言葉に、私の涙はふっととまり、顔をあげてステア様を見たのです。
「だって、そのつもりだったんだろう? 」
ぎゃーーーーーっっ!
そうです。そうですけど、ちょっと忘れてたのです。
この上さらに、なんという幸せなのでしょう。
「で、でも、顔が… 」
私は持っていたハンカチで、ぐしゃぐしゃの顔を拭いたのです。
「大丈夫だよ。ロウソクの灯りだけで暗いから、よく見えないよ」
確かに…。
でも私にはなぜか、ステア様のお顔は輝いて見えるのです。
「ステア様、本当に、いいのですか? 」
私の言葉にステア様は、ただやさしく微笑まれ、すっと腕を差しだされたのです。
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