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ピアノの音の主
そのまま帰ろうと、廊下を歩いていると、あら? また、ピアノの音が…。
つい、音の主を知りたくなり、音楽室へと足を運んでみたくなりました。科目別教室のある棟へ入り、階段を上っていくと、だんだんピアノの音が大きくなってきたのです。
一体、どなたが弾いているのでしょう?
ドキドキしながら、音楽室のドアを、そーっと少しだけ開いて覗いてみると…。
ピアノを弾いていたのは初老の男性でした。この方はたしか、音楽のアングレイン・アドラス先生。
なーんだ。先生が弾いていたんですのね。昼休みに聞こえてくるピアノの音も、そうだったんですのね。
そういえば私も、小さいころからピアノを習っていたのです。けれど、3人の姉たちのうち、ピアノを習った2人の姉が上手で、ピアノの先生も両親も屋敷の者たちも、姉たちのほうにばかり力を注いでおりました。
でも、そのおかげで私は、変に肩肘はらずに、楽しくピアノを弾くことができました。大きくなった今は、姉たちはピアノから離れていますけど、私は趣味として、よく屋敷でピアノを弾いているのです。
「誰ですか? 」
アドラス先生の声に、私は思わずビクッとなりました。
誰? ってそれはもちろん、私のことだからです。
「どうぞ。入りなさい」
逃げちゃおうかなと思っていたら、思いがけない優しいお言葉に、つい扉を開けて中に入ってしまいました。
「すみません。こっそり覗いたりして、はしたないことをいたしました」
ぺこりと謝ると、アドラス先生は優しく微笑まれました。
「いや、構わないよ。ピアノは好きかね? 」
「あ、ええ。好きです。聞くのも、下手ですけど弾くのも」
「君もピアノを弾くのか? 」
「小さいころ習っていたので、今も時々、弾くことがあるのです」
「ちょっと弾いてみるかい? 」
「ええっ、いえいえ。先生にお聞かせするほどのものではありません」
「ふふ…、そうかね」
軽く笑うと、アドラス先生は再びピアノを弾きはじめた。
一曲弾き終えたところで、私は小さく拍手をした。
「ありがとうございます。きれいな曲ですね」
「こちらこそ、ありがとう」
「お昼休みにも、ピアノを弾いてらっしゃいましたね」
「え? ああ…、たまにね。そうだ、昼休みは音楽室を解放しているから、君も好きな時にピアノを弾きに来ていいのだよ」
「え、そうなのですか? 」
「ああ。他の生徒でも、弾きに来てる人もいるのだよ。見計らって、来てみるといい」
アドラス先生は、いたずらっぽく笑ってみせた。
「まあ…、ありがとうございます」
学校でピアノを弾いてもいいなんて! 楽しみがひとつ増えましたわ。
それに、ちょっとお茶目なアドラス先生とお話しできて、今日はなんていい日なんでしょう。
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