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ちょっとした騒動
ちょっと色々考えたら疲れてしまいましたので、会場から出て、休憩所で休ませていただくことにしたのです。もちろん食べ物と飲み物も持って。
会場を出たところにある休憩所は、ちょっとした温室のように、沢山の植物が置いてあって、とても落ち着く場所なのです。私は空いているテーブル席に座って、一息つきました。
「ふぅ~。こうして美味しいお菓子や飲み物がいただけると思えば、パーティーも捨てたものではないのですね」
植物に囲まれて休憩を満喫していると、あら、お隣のテーブルのほうにもどなたたちか、いらっしゃったようなのです。鉢植えでよくは見えませんけれど…。
「もう少し、立場をわきまえられたほうが、よろしくてよ」
「ヴィオレーヌ様のお気持ちを、考えているの?」
むむ…、この穏やかならぬ雰囲気。植物の陰から様子をうかがいますと…。
やっぱりフロラス様と、ヴィオレーヌ様の“お友達”のチェシー様、アジェス様、シェーラ様たちでした。お三方も、先ほどヴィオレーヌ様から言われたばかりですのに…。
「あなた、イアロフェン様の次は、ステア様と。その次にはゼブラス様と踊るなんて、おこがましいですわ」
「そんな…。私はただ、せっかくのパーティーを楽しもうと…」
「楽しむにしても、庶民なりの楽しみ方というものがあるでしょう」
「女性から、しかも王太子様に、ダンスを申し込むなんて」
「え、でも、ほかのご令嬢たちも、男性にダンスを申し込んでましたよね」
「ま、まあ、それは…。貴族であれば、そういうこともあるのよ」
「そうよ。あなたと私たちは、違うのですからね」
ああ、せっかくのんびりしていたのに、台無しなのです。
それにこのままではヒートアップしてしまいそう。
なんとか止めたいところですが、先日のテラスの時のようになると、ややこしいことになるのです。どうしましょう…。そうですわ!
「君たち、どうかしたのか? 」
そこへ、ステア様が現れて、声をかけられました。
と同時に、私はテーブルに置いた飲み物を、ガチャンと床に落としたのです。
「ああ~…っ! 」
ちょっとわざとらしい声だったでしょうか…。
でも、皆さま当然、こちらをご覧になりました。
「ルビセル様! 」
「ここで何を? 」
「あ、あら、皆さま…。 私、ちょっと疲れてしまって、ここで休んでいたら、うとうとと眠ってしまっていたみたい。何か声が聞こえてきて、目が覚めたはずみで、飲み物を落としてしまいましたわ…」
ひきつりながらも、なんとか言い訳を言い終えました! ふぅ~…。
「怪我はない? 」
ステア様が聞いてくださいました。
「は、はい。大丈夫です。でも床が…」
飛び散ったグラスの破片と飲み物でぐちゃぐちゃです。
こんなに汚してしまうとは思わなかったのです。
「大丈夫。人を呼んで片づけてもらおう。君たち、誰か呼んできてくれないか」
ステア様はチェシー様たちに言いました。
「わ、わかりましたわ。行きましょう」
チェシー様たちは、急いで去っていかれました。
「フロラス嬢、大丈夫か? 彼女たち、君に何を言ってたんだ? 」
ステア様がお聞きになりました。
「は、はい。立場をわきまえたほうがいい、と…」
まあ、フロラス様、ストレートに話してしまうのですね。
それを聞くと、ステア様はふーっとため息をつかれました。
「相変わらずなんだな…。イアロとゼブラスも気にしていたよ。最近、僕たちがフロラス嬢と、よく一緒に勉強していることも、ちょっと考えたほうがいいかもしれないね…。ああ、人が来たようだ。あとは任せよう」
ステア様はフロラス様に、その場を去るように言いました。
さて、私も退散いたしましょう。もう少し美味しいものをいただいてから、早めに帰ってしまうのが良さそうなのです。
「あ、君」
ステア様が、声をかけられました。
でもきっと、私にではないのでしょう。
「君! 君だってば! 」
うしろから腕をつかまれました。
えっ、私のことだったのですか?
腕をつかまれ振り向くと、ステア様のお顔がすぐそこに!
ほわ~っ、キラキラオーラが眩しい!
「ドレスに、飲み物がかかってしまったようだよ」
「え? 」
あら本当。
自分が落としたアイスティーが、白っぽいドレスに茶色くシミを作っていました。
「あら、まあ…」
替えのドレスなどありませんし、これではすぐに帰るしかなさそうなのです。ふふっ。
「誰か呼ぼうか? 」
まあ、ステア様。影の薄い私を気にとめてくださって、感謝なのです。
「いえ。控室にうちの御者がおりますので、すぐに帰ることにいたします。お気遣いありがとうございます」
「そう。…ところで、君、さっきのあれは…」
「えっ? 」
さっきのあれ、って、グラスを落としたことかしら?
わざとやったって、バレたのでしょうか。
「いや、何でもない。じゃあ」
爽やかに言うと、ステア様は会場へ戻っていかれたのです。
それでは私は、さっそく帰りましょう。
でも、すぐに帰れることになったのは良いのですが、きれいなドレスを汚してしまいました…。
それに飲み物も台無し、お菓子にも飲み物がかかっていて、食べられません。もったいないことをしたのです。倒すにしてももっと注意するべきだったのです…。はあ~…。
御者に言って馬車の準備をしてもらい、帰る支度をしているところへ…。
「失礼いたします」
と、どなたかの従者らしき人がいらっしゃいました。
「これを…。先ほどご一緒におられたご令息からです」
手渡されたのは、小さな包み。中を覗いてみると、あら、さっきダメにしてしまったお菓子と、似たようなお菓子がいくつか入っていたのです。
「まあ…」
先ほど一緒にいたご令息というと…、ステア様…!?
なんというお心遣いでしょう、感謝なのです。
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