道化師達の夜

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     ◇  次の日から、三杉さんは会社を休んだ。  あの夜の物寂しげな彼女の姿が思い起こされて、とにかく一日でも早く彼女に会いたいとやきもきしていた僕の気持ちは、数日後、彼女が退職したというニュースによって呆気なく打ち砕かれた。  彼女はろくに退職の挨拶すらないまま、姿を消してしまったのだ。  彼女に一体何があったのか。誰かに教えて欲しかったのに、不思議と社内には三杉さんの件に触れるのは憚られるような雰囲気が充満していた。  すっかり彼女に心を奪われていた僕はやるせない気持ちを抱いたまま、仕事にも身が入らず、怠惰な日々を送るようになった。  そんな僕を見かねて飲みに連れ出してくれたのは、入江先輩だった。 「何だお前元気ねえなぁ。一杯飲みに行くか」  普段は面倒な先輩の誘いすらも、その時の僕にはありがたく感じた。 「それで? 一体どうしたんだ。こういう時は腹割って話してみろよ」  色気もへったくれもない安っぽい居酒屋チェーンで、乾杯もそこそこに入江先輩は踏み込んできた。いつもは鬱陶しく感じる彼の粗雑さが、この時ばかりは逆に嬉しかった。 「実は……」  僕は忘年会の夜に三杉さんとの間にあった事は伏せたまま、彼女が辞めてショックだ、とだけ伝えた。
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