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入江先輩は予想通り――いや、想像以上に驚いた顔を見せた。
「お前、知らなかったのか? みんな普通に知ってるから、てっきりお前も知ってるもんだとばかり……」
珍しく困ったように視線を泳がせる入江先輩に、ぞわりと嫌な予感が込み上げる。
「まぁいいや。俺から聞いたって言うなよ」
そう前置きして入江先輩が言った言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「松井課長と、別れたらしいぞ」
二人は長い間不倫関係にあった。一体何があったかまでは誰も知らないが、二人は別れる事になり、三杉さんは会社を辞めた。つまりはそういう話らしい。
みんなが腫れ物扱いしている理由も納得だった。軽々しく話題にできるはずがない。
「お前来なかったから知らなかったかもしれないけど、忘年会の二次会、結構冷え冷えだったんだぜ。いつもならあの二人、一次会が終わると揃って姿消してたはずなのに、珍しく課長は二次会来ちゃうし、それなのに三杉さんは来ないしで、女連中なんて二次会そっちのけであの二人なんかあったんじゃねえかって大騒ぎで。何日か前に給湯室で揉めてるのを見たとか聞いたとか」
不意に、記憶が蘇る。
あの夜――三杉さんは「自分自身が忘れもの」だと言っていた。僕のスマホは持ち主が戻ってきてくれて羨ましい、と。
つまりあれは――あの時三杉さんが誰もいない一次会の会場に戻って来たのは――課長が戻って来るのを待っていたから?
僕の中で燻っていた幾つもの疑問が結ばれ、一つの答えを導き出す。それは入江先輩の語った話が疑いようもなく真実である事を示していた。
「……くそ」
呻くように呟いて、僕はジョッキを煽った。でもどんなに飲んでも、胸の奥にある苦々しいものは消え去ってはくれなかった。
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