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◇
「先輩、もう一軒行きましょうよー。頼んますよー」
居酒屋でさんざん酔いつぶれ、いつもとは逆に入江先輩に介抱されながら、それでも飽き足らずに僕はねだった。
「いい加減にしとけ。悪い事は言わないから、今日のところはもう帰って寝ろ。な?」
「いいじゃないスか。そこにいい店があるんスよ。すぐ近くなんで、もう一軒だけ行きましょうよ」
「なんだそれ? 仕方ねえなぁ、もう一軒だけだぞ。なんつう店だよ」
「『CLOWNS』っていうバーなんですけど……」
聞いた瞬間、先輩はガラリと顔色を変えた。
「駄目だ。やっぱり今日は帰るぞ」
「なんでですかぁ。今行くって言った癖に……」
「ばーか。お前そこ、課長たちの行きつけの店じゃねえか」
冷や水を浴びせられたように、僕は一気に酔いが覚めた。
課長“たち”。
複数形の言い回しに該当するのは、一人しかいない。
その時になっては初めて、僕はあの夜、とんでもない店に三杉さんを連れて行ってしまったらしいと気づいた。
三杉さんはきっと、幾度となく課長とともにあの店を訪れていたのだろう。マスターも当然、その事を知っていた。何も知らなかったのは――僕だけだ。
「もう帰ってさっさと寝ろ。全部夢だと思って、忘れちまえ」
半ば無理やりタクシーに押し込まれた後も、僕は呆然としたままだった。
雑然と入り交じったネオンとイルミネーションが、僕を嘲笑うように車窓の外で煌めいていた。
<了>
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