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◇
忘年会の会場だったちゃんこ屋に着くなり、三和土に靴を脱ぎ捨てるようにして僕は座敷に飛び込んだ。
「すみません、ちょっと忘れものしちゃって……」
そこにあった予期せぬ人影に、思わず身を竦める。
食い散らかした食器や横倒しになったビール瓶が散乱する部屋の中に一人、僕より二つ上の経理部の先輩、三杉さんが立っていた。
ふわふわと毛足の長い白いコートをまとった三杉さんは、まさしく掃き溜めに鶴という言葉を連想させた。この場合正しい用法ではないだろうけど、何かと泥臭い仕事に追われがちの我が社において、容姿端麗でどこか品の良さすら感じさせる三杉さんにはいずれにせよぴったりの言葉だ。
「あれ、森田君? どうしたの?」
「あ、いえ、その……スマホを忘れちゃったみたいで」
僕は三杉さんの視線から逃げるように、部屋の中へと足を進めた。座っていたあたりの座布団を幾つかめくると、すぐにスマホは見つかった。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、立ったまま僕を見下ろす三杉さんと目が合う。
「もしかして三杉さんも、忘れものですか?」
「あ……うん。そうなの。それで私も、戻って来て」
「そうだったんですね。三杉さんのは、もう見つかったんですか?」
「えっ、私? その、まだ……」
「何忘れたんです? まさか指輪とか大事なものじゃないですよね?」
這いつくばってテーブルの下を覗き込んでみるが、特に何かが落ちているようには見えない。訝しんで見上げたところ、三杉さんの表情が冴えないのに気付いた。どうにも様子がおかしい。
不意に、入江先輩に言われた言葉が脳裏をよぎる。
「もしかして……三杉さん」
はたと思い当たった僕は、こみ上げる笑いを抑える事ができなかった。
「二次会行きたくないから、忘れものしたフリしたとか?」
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