道化師達の夜

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     ◇  会社以外の場所で三杉さんと話したのはこれが初めてだったのに、不思議と話は弾み、あっという間に時は過ぎて行った。  僕にとっては夢のような時間だった。 「それにしても驚きました。三杉さんって、結構強いんですね。いつも会社の飲み会の時は一次会で帰っちゃうから、お酒苦手なんだ思ってました」 「それはほら、やっぱり会社の人と一緒って気づまりしちゃうし」 「ですよねぇ。うちの会社って、酔っ払うと平気でセクハラパワハラまがいの事する人もいるし、女の人は余計に気が進まないですよね。正直僕も、別に二次会までは行きたくないんですよ。でも一応、付き合いっていうか、行っておかないとまずい気がして」 「あら、じゃあどうして今日はやめたの?」 「最初から行かないって決めてたわけじゃなくて、本当にたまたまスマホ忘れただけで……そしたら三杉さんがいたから。どうしようか迷ったんですけど、一緒に行かないでいてくれる人がいるならいいかなって。ほら、昔からよく言うじゃないですか。赤信号、みんなで渡れば怖くないって」 「言わないわよそんなの。森田君って本当に面白いのね」  三杉さんは愉快そうにケラケラと笑った。手にしたグラスの中では三杯目のカクテルが空になりかけていた。 「でも流石に、次も忘れものってわけにはいかないですよね。うまく逃れられる方法ないかなぁ。そういえば今日、松井課長も珍しく二次会行ってましたね。あの人も毎回一次会が終わるといつの間にかいなくなっちゃうけど、いつもどうやってるんだろ。今度聞いてみようかなぁ。それとも今度はいっそ、この後三杉さんと僕と二人で飲み行くんでーって宣言して堂々と抜けちゃいますか」  調子に乗って喋り続けていたら、三杉さんのグラスの中でカラカラと円を描いていた氷が、急にピタリと止まった。
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