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「……あれ? いや、冗談っスよ冗談。別に本気で言ってるわけじゃないんで……」
「あ、ううん。気にしないで。でもそうよね。二人で堂々と抜けられたらいいわよね」
一瞬耳を疑うも、妙に憂いを帯びた彼女の張り付いたような笑顔に気付く。僕達をふわふわと包んでいた心地よい霧のようなものが、急速に晴れていくのを感じた。
「三杉さん……どうかしました? 僕、余計な事言いました?」
「ううん、別に。ただ、森田君のスマホはちゃんと持ち主が迎えに来てくれてよかったなって思って」
口ぶりのせいか、表情のせいか。
三杉さんは胸に突き刺さるような、痛々しさでいっぱいだった。
「僕のスマホって……三杉さんだって、忘れもの取りに戻ったんですよね? あ、違うか。三杉さんはあくまで忘れもののフリしただけで……」
「違うの」
遮るようにきっぱりと、三杉さんは言った。
「きっと忘れものは、私自身だったのよ」
意味を図りかねて困惑する僕をよそに、グラスの底に残った液体を飲み干し、三杉さんは席を立った。
「……そろそろ帰ろっか。だいぶ遅くなっちゃったもんね」
「え、でも……大丈夫ですか? なんか、その……」
「ううん。こっちこそごめんね。今夜は森田君がいてくれて本当に良かった。ありがとう」
三杉さんの笑顔はどこまでも悲しげで、見ているだけで胸が痛んだ。
「……マスター。またいつか、次からは私一人で来てもいいですか?」
潤んだ瞳で問いかける三杉さんに、マスターはゆるゆるとかぶりを振った。
「そう言わずに、次もまたぜひお二人でお越しください。お待ちしております」
さりげなく僕をフォローしてくれたマスターの意図を察したように、三杉さんは満足気に微笑んで深々と礼を返した。
「それじゃあ、ここで」
店を出たところで、僕達は別れた。
駅まで送る、という僕の申し出も断り、三杉さんはイルミネーションとネオンとクリスマスソングで濁った夜の町へと消えて行った。
僕にとっての夢のような甘い時間は、こうして唐突に終わりを告げた。
そしてそれが、僕が三杉さんを見た最後の姿になった。
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