【一】その報せは、死

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『――高槻(たかつき)(さち)さん、ですか?』 「そうですけど……」 『高槻恵子さんの、娘さんで間違いないね?』  しゃがれ声の男性に身元の確認をされたのち、そうして私は、担当だと名乗ったその刑事から母の訃報を聞かされたのだった。  お決まりの段取りといった調子で、電話口でお悔やみの言葉が粛々と述べられる。それが済んだら一転して、今後の手続きの説明がテキパキと進んでいく。  このときの私は、警察側の説明に対して、溜息ともつかないような「はぁ……」という気の抜けた相槌を、淡々と刻むことしか出来なかった。  母を失ったショックで呆けていた――というわけでは、ない。  私のちっぽけな脳は、連日連夜の長時間労働でおおいに擦り減っていた。体力だって、とうに限界を超えていた。おまけに常日頃から、上司の叱責やお小言を無心で聞き流すことに機能の大部分を割いていたので、長々とした説明を聞き流す悪習がすっかり染み付いてしまっていた。  だから、たったいま自分が「ついに天涯孤独の身になったのだ」と知らされてもなお、刑事の話は頭にすんなり入ってこなかった。  横にいる見ず知らずのサラリーマンも、私の受け答えから電話の内容を想像することは不可能に近かっただろう。  そうして、しばらく説明を受けているあいだ。私は、線路の向こうに掲げられた何かの広告をぼんやりと眺めていた。視線はゆらゆらと、宣伝文句に謳われた文字の羅列を泳いでいる。  広告の内容はまったく頭に入らなかったが、かわりに刑事の話には少しずつ理解が追い付いてきた。  曰く――  明日の日中、文京区の大塚から監察医が来る。その時間は、追って警察(こちら)から連絡する。監察医の到着次第、警察署の霊安室で検案が行われ、死因の特定にあたって解剖の必要が無ければその場で「死体検案書」が発行される。それが済めば遺体の引き取りが可能となるので、その時間に合わせて葬儀社の迎えを手配しておくように。  ――とのことだった。
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