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すると、僕の足元に転がった日記帳がむくりと起き上がり(僕にはそう見えたのだ!)甘える猫のようにすり寄ってくるではないか。
こ、これは、あれか、魔導書ネクロなんとか、その手の類の魔本が日記に姿を変えていたのか!?
もしも、その表紙が謎の羊皮紙だったら、僕は発狂していたかもしれない。
「あわわ……、ひいいいぃ……ええええ?」
僕へとすり寄ってくるものは本から別のものに姿を変えた。
それは、人の形をした黒い影だった。
黒い影は僕の目の前に立つと、腕を伸ばして僕を抱きしめようとした。
「もうダメだ、今日で僕はおしまいだ」
これが僕にとって特別な一日になるのか……。
名状しがたき恐怖の中でも感情を述べあらわす自分に苦笑もした。
ついに僕は黒い影に抱きしめられた。そこになんだか妙に柔らかい感触があった。
そうか!
お、女の子に抱きしめられてる気がするぞ。
これは、僕に告白してきた彼女の黒い影だ。
僕はそう思った。
「ま、待ってよ!」
でも、まだ大人の階段を上がる心の準備ができていなかった僕は、咄嵯にまた逃げようとして、また黒い影の彼女に捕まって、そのままベッドに押し倒されてしまった。
「はえっ!? な、なんで急に保健室のベッドの上に瞬間移動したんだ!?」
奇々怪々の中で僕は必死になって抵抗したけど、
「やめてくれ! 放してくれぇ!!」
黒い影の彼女の力は思ったよりも強く、僕の身体の自由を奪っていく。
名状しがたき恐怖とかつて体験したことのない女体との接する感覚に、僕はもうやけくそだ。
「はぁ~ん♡」
僕の口から熱い吐息のようなハート声が漏れた。
すると、黒い影の彼女が動揺したようにビクリと動いた。
もっともっと、僕は逆に黒い影の彼女に迫った。
「いいわあ。もっと抱きしめて♡」
相手は影で顔もわからない。こんな相手に恥も外聞もあるものか。
僕の体は黒い影の彼女の胸の中に、僕の心は僕の妄想の中に逃げ込んだ。
「あん、うふん、くふん♡」
僕がヘンな声を出すたびに、黒い影の彼女は僕から一歩離れていった。
やがて黒い影の彼女は姿を消し、一冊の日記帳だけが床の上に残った。
僕はその日記帳を恐る恐る拾い上げ、その最後の一枚のページ、まだ空白の今日のページを見た。
すると、そのページに黒い文字が浮かび上がった。
浮かび上がった文字とは――。
『あの人、変態だった……そこ気づけなかった』
僕のことが好きだからという特別な一日が彼女は一年間続いた。
でも最後がそんなオチになってしまった。
「ごめんなさい……」
僕は謝った。
「本当にすいませんでした……」
僕は彼女に対して深く反省して、自分が変態であったということに気付いた。
そんな特別な一日に、僕は涙を流した。何年か後に、あれは一体何だったのだろうと、怪談話のように思い出すに違いないのだと思いつつ。
<終わり>
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