想いがあふれて恋しくて

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 それは今年の春のこと。桜の花びらが舞う四月の初旬のことだった。  下校するために玄関口へ向かって廊下を歩いていたとき。見知らぬ学生と、ふと目があった。 「あんた、名前は?」  ぶしつけにそう聞かれて、相手を見上げて、僕はわかりやすく不機嫌な顔をしてみせた。  ―……いきなり。失礼な奴だな。……ん?  そんな風に思い、すぐ気がつく。その男は真新しい黒色の詰襟の学生服に身を包んでいた。つまり、こいつはつい先日、入学したばかりの新一年生だ。  睨めつけるようにそいつを見る。よく見るとまだ若干あどけなさが残っている。そのふてぶてしさの中にのぞく、知的にも見える顔立ちはちょっとだけ目を惹くが、それだけだ。僕より長身なのは仕方がないし、入学したてのこいつが僕が上級生だと知るはずもないだろうし。  なので、失礼な態度も今回ばかりは見逃してやろう、なんて。寛大な心で目をつぶることにした。  僕は何事もなかったかのようにそいつを無視して歩き出したのだが。  ところが驚くことに、大人しくしていれば誠実そうに見えなくもないこの男は、引き止めるためか僕の前に立ちはだかり、腕を掴んできたのだ。  しつこく食い下がってくる。 「何年生なんだ? 同じ新入生じゃ、なさそうだけど」 「離せよ。そう思うんだったら、いくら何でも失礼だろう」  ふん、と勢いよくその男の手を僕は振り払う。  すると懲りずにまた、同じ質問が繰り返される。 「何年生、ですか?」  いい加減に頭にきて、つい口調が荒くなる。 「知りたきゃ自分で調べなよ。僕に教える気はないから。ご勝手にどうぞ。けれど迷惑だけはかけるなよ。じゃあね、一年ボーズ」  言い捨てて、今度こそさようならだ。そいつはなにか言いたげな顔をしていたけれど、構うことなく、僕はその場を後にした。  あいつが知りたがっていた僕の名前は、森咲慎一(もりさき しんいち)。私立Y嶋学園東高等学校の二年生だ。  そして同じく一学年下である、佐良東吾。そいつの名前を僕が知ったのは、それから数日後のことだった。
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