困った変人に惚れられてしまいました。

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 その男はトイレの前で待ち構えていた。  そしていきなり話しかけてきた。 「僕が傍にいるから泣くなよ」 「はい?あなた誰?どういう意味?」  笠原 南(かさはらみなみ)は真っ赤になった瞳で男を睨みつけた。  目の前に突然現れた男の言っている意味が全くわからなかった。 「さっき泣きながらトイレに入っていくの見た」 「だから何?何であんたが傍に必要なのよ?」  訳がわからないといった様に目の前の男を睨みつける。 「何で泣いてたの?」 「ちょっと!質問を質問で返さないでよ!」  南はこの不躾な男にイライラしながら対応する。  なんなんだこの男は。  突然現れてあれこれと詮索するような真似をして。 「失恋よ失恋」 「誰と?」  グッと一瞬返答に詰まる。  言いたくない相手だったから。でも… 「矢野(やの)部長!」 「君…それ不倫じゃないか!」  男が目を丸くする。 「不倫ですよ⁉だから何?私だって悪い事だってわかってるもん!」  南がボロボロと涙をこぼす。  つい今しがたまでトイレで泣いていたのに、涙は枯れることがない。 「別に責めてないさ、君、遊ばれたんじゃないの?」  男はドンピシャな事を言った。  矢野には結婚をほのめかされていたのに、昨日、妻を裏切れないと関係を切られた。 「奥さんと別れるって言ってたのに…」  南はまた泣いた。 「さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで」  そう言ってぎゅっと男が抱きしめてくる。 「ちょっと!あんたなんなのよ!誰なのよ!離してよっ!セクハラ野郎!」  南は必死に男をどけようとするが強い力で抱きしめられて敵わない。 「編集部のエース、西川拓也(にしかわたくや)だ。女の涙を守る正義のヒーローだ」  それを聞いた南が口をあんぐり開ける。 「はぁ?バカじゃないの?自分でエースとか言っちゃう?」  プッと吹き出した。 「あ、今、笑った」 「あ…」 「な?正義のヒーローだろう?」  そう言って男は南を抱きしめる手を解いた。  拓也が誇らしげにそう言ってくるので南は少し呆れた。  本当にこの男は一体何者なのだ。 「も、もう仕事に戻る」  踵を返そうとした南の背に声がかかる。 「君、名前と部署は?」 「企画部の笠原 南だけど?」  南が振り返って不信感たっぷりの瞳で答える。 「了解」  何が了解なのだ。  南は歩き出しながら西川拓也という男に不信感を募らせた。最低な男だ。あんなのには関わらない方がいい。  気を付けようっと。
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