うーくんは真似ばかり

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うーくんは僕の真似ばかりする。うっとうしくて大嫌い。 「うーくんまねするな」 そう言うのに、まねしてないって澄まして言う。たぶん本当に自覚がない、救えない。 「うーくんあっちいけ」って言うと泣いちゃう。放っておけないからなぐさめに行くと、泣いたせいで熱くなった手で僕を掴む。ぎゅっと掴んで僕を引っ張る。 「詩汰(うた)、俺これからバイト」って言うのに「へぇー」と言ったきり俺の手を離さない。そして今度は熱を孕んだ目でじっと俺を見る。 俺はその目に逆らえない。 詩汰に逆らえないんじゃなくて、これはきっと、自分から負けに行っている。 なんで?って、なんでだろう? 誰にでもってわけじゃない。説明できない。 だって俺は詩汰が大嫌いだった。 何度も言うけど、子供の頃はずっと真似ばかりされていた。うっとうしくてたまらなくて、早くこいつと離れたいと、そう願っていたはずだった。 小学四年生――。 ある日、図画工作の授業で絵を描いた。教室のあちらこちらに先生が用意した傘立てとか野球のグローブとかサッカーボールとかが置いてあって、好きなものを選んで描くという授業だ。 赤いサルビアの花の鉢植えが大人気だったが、俺は色々な模様の傘がさしてある傘立てを選んだ。畳まれたひらひらの布が難しそうだったけど、色がたくさん使えてきれいに描けると思ったからだ。椅子を持ってきて座り、画板を膝の上に置いて集中する。 鉛筆の下書きがなかなかいい感じにできたなと持ち上げて見ていたら、斜め後ろから視線を感じた。嫌な予感がして振り返ったら、思った通りあいつがいた。 俺はぎろりとにらみつけたがあいつは気がつかないふりをする。 「おい、詩汰。なんでここにいるんだよ」 不機嫌に言う俺に、詩汰はすまして答えた。 「別に。僕もこれを書くって決めたからだよ」 「嘘つくなよ、俺が傘立てにしたからだろ。真似すんなっ!」 静かだった教室に突然響いた俺の声に、慌てて先生がとんできた。 「こら笠原! 絵を描くのにおしゃべりはいらないぞ。喧嘩してるのか?」 ぶすっと黙り込んだままの僕に先生がため息をつく。詩汰が優等生よろしく答える。 「いいえ先生。なんでもありません。見えないからどいてって言われただけです」 詩汰の方が後ろにいたのだから見えないはずはない。だが先生はとにかく場を収めることにしたらしく、「授業中だぞ、仲良くやれよ」と言いながら他の生徒のほうへ行ってしまった。 いつもこうだ。 苦々しい思いでにらみつけた詩汰は、その整った顔に薄ら笑いを浮かべて、何事もなかったように絵を描きはじめた。 愛らしい詩汰。 お金持ちの詩汰。 勉強もできる、女の子にもモテる。なんでもできる詩汰。 なのになんで俺の真似ばかりするんだ? なんで俺から盗もうとするんだ。 始まりは、持ち物からだった。 俺んちは兄ちゃんがいるから、同級生よりも少し年上の流行りものをついでに買ってもらうことが多い。嬉しいこともあるが、嫌だといっても問答無用だ。 例えば、人気のアニメキャラのトレーナーをみんなが着ていたとき、俺はサッカーチームのエンブレムがついたのだった。こんなの地味でつまらない。ふてくされながら登校した何日目かの下駄箱で気がついた。 いつの間にか詩汰も自分と同じトレーナーを着ている。しかも、靴下までサッカーチームのものだった。 あん? 目を見張った俺に、詩汰も気がついたはずだが、表情も変えずそのまま行ってしまった。詩汰もうちの兄ちゃんが好きなあのチームのファンなのだろうか? 何か解せない気はしたが、そのときは深く考えなかった。 何度がそんなことが続いて、なぜかはわからないがやっぱり真似されていると確信していた頃、決定的なことがあった。 俺がふざけて接着剤を髪の毛にべったりつけてしまって、母ちゃんに怒りの丸坊主にされたとき、なんと次の週、詩汰も髪を切ってきたのだ。 俺のいがぐり頭と違って前髪の辺りがなんとなく立ち上がった洒落た髪型ではあったが、肩近くまで長いおかっぱと言っても良かった詩汰がそうしたもんだから、インパクトは絶大だった。 教室に入ってきたときは、女子の悲鳴がほうぼうで上がった。童話の王子様みたいな茶色い髪がばっさり無くなっていたからだ。 真似されているとわかってからはなんとなく詩汰を避けていた俺だったが、そのときはさすがに聞いた。 「うーくん……どうしちゃったんだよ、その頭」  詩汰はランドセルを下ろしながら、にっこり笑って俺を見た。 「別に。短いほうがかっこいいと思ったから」 そうして嬉しそうに頭を触る詩汰のほっぺは赤くなっていた。かっこいいって……なんだよそれ。つられて俺の顔も熱くなった。
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