行ってみっか

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 これは私の心の問題で、私が勝手に抱え込んでしまっているだけだ。シロ先輩は何も悪くない。  むしろ、シロ先輩のおかげで、私はモヤモヤとしたストレスから少し抜け出ることが出来たのだ。私は首を横に振る。 「いえ。シロ先輩のおかげで、自分の中で答えが出たんです。繋がりを断とうが、そのまま続けていようが、どちらにしても私はウジウジと悩んでしまうんだと思います」  いずれにしても、私だけでは自分の中で決着をつけることが出来なかっただろう。だから、シロ先輩の言葉は前に進むきっかけになったのだ。  私は、改めてシロ先輩に感謝を伝える。すると、シロ先輩はフッと表情を和らげた。  タクシーの車内は、静けさに包まれた。時折、車が揺れる音だけが響く。  ふいに、ふわりとシロ先輩の手が私の頭に乗せられた。特に撫でるでもなく、ただ乗せられているだけのその手からは、シロ先輩の体温を感じられる気がした。温かくて、気持ちが安らぐ。  不思議だ。どうして、こんなにも安心できるのだろう。どうして、こんなにも心地良いのだろう。  シロ先輩の横顔を見る。視線に気付いたのか、こちらを向いたシロ先輩と目が合う。いつもよりも眼差しが優しい気がした。シロ先輩は、私の頭をポンと軽く叩くと、また正面に向き直る。  タクシーが止まるまで、私たちはお互いに何も話さなかった。  タクシーが会社の前で止まる。既に来客が待っているシロ先輩を先に行かせて、私は、料金を支払い車を降りた。タクシーを見送った後、社屋の中に入ると、エントランスホールには見知った姿が見えた。  同期の由香里だった。「あ! 矢城」と、由香里は私の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。 「おつかれ〜」 「お疲れ。会社で会うの久しぶりじゃない?」  由香里の言う通りだった。彼女とは、婚活をしていると聞いた、あのランチの日以来会っていなかった。 「そうだね。同じ会社なのに全然合わないよね」 「うん。なんかタイミング悪いというか……」 「そうなのよねぇ。まぁ、しょうがないけど」  私が所属している営業部は、忙しい部署の一つだ。しかも、新プロジェクトが始まったこともあり、バタバタとしていた。由香里の方も決算期と新年度の手続きで繁忙を極めていたようだ。 「もうずっと残業続きだよ。マジでクタクタ。早く結婚決めて、仕事辞めたいって思っちゃったもん。まぁ、忙し過ぎて、今は思うように活動も出来てないんだけどね」  由香里の言葉に私は苦笑いを浮かべる。
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