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一時間も歩くと体はあたたまってホカホカだ。コートを脱いでハンガーに吊し、ランプと薪ストーブに火を入れた。丸太を組み合わせたこの家は、以前は木こりの妖精が住んでいたらしいく、ベッドやテーブルが残されており、何も持っていなかったアレンには神様からの贈り物みたいな家だった。
狭い上に電気も通っていないけれど、一人で暮らすには十分。ロッキングチェアに座って歩き疲れた長い足を伸ばし、体をしばらく休ませる。毎日往復で二時間歩いているので、すっかり足が鍛えられた。
アレンは普段、人間のような姿をしているが、蜜蜂の妖精なので背中に羽を生やすことができる。出し入れは自由で、その気になればいつでも空を飛べる。だけど冬に飛行する蜜蜂の妖精はいない。理由は単純、寒いから。蜜蜂は寒さが苦手な昆虫。妖精も同じ性質のため、冬に飛行することは滅多にない。
「ふわぁ、ぼうっとしてたら寝ちゃいそう。ご飯作ろうっと」
アレンは黄色のエプロンを身につけ、小さなキッチンに立って玉ねぎを切った。エプロンの下の服装は黄色と黒の縞々模様のニットと黒いパンツ。蜂の体色をイメージさせる服だ。
薪ストーブで玉ねぎとジャガイモを入れただけのスープを作り、パンと一緒に質素な夕食を取る。窓の外は雪が降り始めた。強風も吹き始め、瞬く間に吹雪へと変っていく。
空では今日も、風の妖精と雲の妖精が喧嘩をしているのだろう。今年の冬が寒いのは彼らのせいである。二人は夫婦なのだが、ことあるごとに喧嘩をするので、サンデル村はこの一年ずっと天候が悪かった。
夫婦喧嘩はサンデル村の下にある、人間界にも影響を与える。なので人間界でも天候不順が続き、農作物の不良に繋がっていた。
早く仲直りしてほしいものだ。妖精のためにも、人間のためにも。
夜の窓に映った自分の顔には疲れが滲んでおり、橙色の鮮やかな瞳にも力がなく、栗色の髪も艶がなくてパサついていた。実家にいた頃は周囲から『アレンは明るくて元気だ、優しそうな顔がかわいい、生き生きとした大きな瞳も魅力的』と言われたものだったのだが。
こんなにやつれた顔で貧乏じゃ、結婚相手なんて見つからないよ……。
早く結婚しなければならないのに、相手が全然見つからない。
食事を終えて溜息をついたとき、ドンドンとドアを叩く音がした。
外は猛吹雪。こんな天候の夜にアレンを訪ねてくる妖精などいないはず。そもそも、吹雪の夜でなくともアレンを訪ねてくる妖精はいない。風の音だろうと思い、構わず食器を洗おうとしたが、再びドアを叩く音がした。来客だろうか。
仕方なく、ドアの前に立って「はーい、どちら様?」と声をかけた。
ドアの向こうで誰かが身動ぐ。
「すまない、道に迷って困っている。助けてはもらえないだろうか」
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