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1:来訪者は美しい薔薇
妖精の国は今、草木も眠る冬。
高い山々に囲まれたサンデル村も、一面雪景色である。道沿いの木々や畑も真っ白。湖は凍りついており、妖精の子ども達が楽しそうにスケートで遊んでいる。母親の妖精がそろそろ晩ご飯だよと呼んでも、もうちょっとだけ、と帰宅を渋っていた。
蜜蜂の妖精アレンはそんな子ども達を横目に、フンフンと鼻歌を歌いながら小道を歩いていた。
俺もあんな頃があったな。懐かしいな。ま、俺の母ちゃんは晩ご飯を作らないけど。
母を思い出し、手に持ったハチミツ入りの瓶を持ち上げる。片手で握れるほどの小さな瓶に入った黄金色のハチミツが、瓶の中でとろりと動く。ちなみに食事はいつも父が作っていた。
子ども達の母親がいい加減にしなさいと怒り、小さな妖精達は慌てて母親の元へ。かわいい後ろ姿を見送ると、ちょうど冷たい風が吹き、アレンは首をすくめてマフラーをきつく巻き直した。
「うう、今年の冬は寒いなぁ」
ふわふわした栗色の髪の隙間を、凍てつく風がすり抜ける。大きな橙色の目をギュッと閉じて風をやり過ごし、ハチミツの瓶をポケットに入れて帰路を急いだ。
アレンが着ている古いコートはバザーで買った物で、つぎはぎだらけでみすぼらしい。履いている靴はすり切れてボロボロ、アレンの痩せた体と相まって全身から貧相さが漂う。我ながら切ない。
アレンの職場は実家が営む養蜂場と製菓工場。母が社長で父が副社長をしており、アレンは姉達と一緒に畑で養蜂の仕事をしたり、併設の製菓工場でお菓子を作ったりしている。
実家で暮らしている頃はボロを着ることなどなく、普通に生活していた。だが一年前の二十歳の誕生日の日、アレンは実家から着の身着のままで追い出されてしまった。あることが理由で。
とにかく、のたれ死にたくない。助けを求めて歩き回り、木の妖精から森の奥に空き家があることを教えてもらったアレンは、その空き家で暮らし始めた。あれから一年が経つ。
実家は追い出されたが仕事は続けさせてもらっているので、安い給料をやりくりしてなんとか暮らしている。
職場では仕事が遅い、もっと要領よくやれとよく注意される。だから給料も上がらず、ずっと貧乏。自転車がほしいけれど買う余裕はなく、通勤はいつも徒歩。車なんて絶対に買えない。
寒さとひもじさを紛らわせるためには歌うしかないと思い、空元気だが大声で歌いながら歩く。
アレンは日が暮れて薄暗くなった森の中を一時間歩き続け、ようやく森の奥にある小さな丸太小屋の自宅に帰りついた。
「たっだいまー! ふう、やっとついた!」
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