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「さぁ、始めるザマスよ」「行くでガンス」「フンガー」「ここ、どこ?」 1
摩訶不思議な世界だった。空は轟天、雲は薄暗くもそれでいて艶やかなムサラキピンク、降りしきる雨は泥水のよう。
地面の土は暗褐色で、乾いたスポンジのように降りしきる雨を吸水し、どこを見渡しても雨溜まりというものがない。
ははぁ、随分と不思議な夢に迷い込んだものである。病院生活の長い私は、夢に日頃の空想が反映されやすい性質であったことは重々承知の助なのだが、それにしたってこの安直な、魔界とでも形容するのが相応しい世界観に些か呆れている。
しかし呆れほうけてばかりもいられない。好奇心旺盛な私は、例えうたかたの夢であっても、知的欲求を抑えることは出来ないじゃじゃ馬娘である。夢から覚めるその瞬間まで、私は私が作り出した未知なる世界を堪能しようじゃないか。
降りしきる雨など意に介さず、歩を進める私の豪胆振りを見よ。
私が男だったら、昨今の女々しい男子とは打って変わった、今時分珍しい快男児であっただろうが、生憎女として生まれた身空。更には美人薄命の理から逃れること能わず、病弱な身体で生まれてしまった。
いやぁ神様も酷な事をなさるよ。私のような人間には、見目麗しい少女の純真可憐さを授ければ良かろうに、何も男勝りな性格にせんでもと現世の不条理を嘆かずにはいられない。
さて、この不可思議な世界を30分は彷徨っただろうか。行けども行けども視界に映るはドギツイ配色の空に山。最初こそ面白がって、さながら何かの巨大なテーマパークのようなつもりで童心に帰りつつ楽しんでいたのだが、流石にこうも同じ風景が続いてはしつこいと言わざるを得ない。
挙句の果てに、これは今まで文字に起こすのを躊躇っていたのだが、とにかく代わり映えしない世界に私の心象を語るのも些か億劫になってきたので打ち上げるか、何故か私、裸である。
特に人らしい気配もしないから特別恥ずかしいとかはないのだが、年頃の生娘。アダムやイヴじゃあるまいし、何時までも放蕩娘よろしくぶらぶら裸でうろつき歩くというのも、絵面上よろしくない。
唯一の良心は降りしきる雨が全く以て冷たくないところだが、もはやこの段になっては些末な問題と言えよう。露出狂の変態痴女認定されたとしても、今なら寛容な精神で無垢なる柔肌を衆目に晒しても構わんから、誰でもいい。そろそろ誰か出て来てくれ。
「ホーホホホ。雨はザーザー、視界は悪い。好んで外に出る酔狂な奴なんて、私ぐらいのものと思っていましたが――あなたも好きなんですか、雨?」
おぉ、私の願いが通じたのか、姿は見えないが声をかける者が一人。
「いいえ、別に雨が好きだから外出している訳ではないのだけれど――聞きたい事がたくさんあるの。姿を見せて頂いてもよろしくて?」
「えぇ、良いですよ」
私の要求に件の人物は鬱蒼とした木々から降り立つと、異形な風貌から見て取れる、人外の存在を顕わにした。
「貴方……一体何者なの?」
「私ですか?別に何という訳でもないんですが――貴女が元居た世界で言うならドラキュラ伯爵とでも名乗っておきますか。あ、ワイン飲みます?えぇ安心して下さい、捕って喰いやしませんよ。私、生臭いもの大嫌い」
言いながら、ドラキュラ伯爵は何処から用意したのかテーブルに、ご丁寧にテーブルクロスまで颯爽と広げると、グラスに赤ワインを注ぎながら手招きをした。
「どうかしましたか、もしかしてワイン、お嫌いでした?」
「え、えぇ……そういう訳ではないのだけれど、少し驚いているだけよ」
「それは良かった、では素敵な出会いに乾杯」
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