闇に紛れて生きるからって卑屈にはならない 3

1/1
前へ
/23ページ
次へ

闇に紛れて生きるからって卑屈にはならない 3

「それじゃあ話は決まりね。ところでもう一ついいかしら?鬼はなんで私を選んだの?私を呼んで、何をしたいの?」  至極真っ当な質問に、小鬼はただ怪しく笑ってはぐらかすだけだった。 「そう、答えにくいならそれでもいいわ。でも約束は約束。先ずはあの二人を探しに行くわよ」 「そりゃ勿論だよ、しかしおめえは本当に豪気だなあ。普通、このシチュエーションなら薄気味悪がって尻込みするものだよ」 「あら、それなら怖がってあげましょうか?」 「ヒヒヒ。無理にとは言わないよ。本当に怖くなったら、たっぷり怖がるといいや」 「それじゃ、後の楽しみに残しておくとしましょうか」 「口の減らない奴だなあ、鬼ながら感心するや」  挑発にめげない私をマジマジと見ながら目を丸くした後、小鬼はさっと手を取って歩き始めた。 「ミイラ男とフランケンシュタイン、西洋妖怪はどうも好かんけど、約束通り先ずは二人を探しにいくだ」 「お願いね、小鬼ちゃん」  小鬼ちゃんと呼ばれたのが心外かつ恥ずかしかったのか、血色冷めた青鬼から見る見る間に赤鬼へと変容した。 「あら面白い。私はてっきり青鬼、赤鬼って別種で別れているのかと思っていたけれど、鬼ってそういう性質だったの」 「かかか、鬼は意外と正直者だで。心のカタチが直ぐに顔色に出るだでな。折角だから、もう一つ面白いもん見してやるだよ」  すっかり朱に染まって赤鬼となった小鬼は、得意げにパチンと指を鳴らすと一言、 「物に憑り付く上古の記憶よ、今一たびの生を受けろ」  小鬼の言葉に応えるように、真っ暗闇だった常世の霊堂は眩いばかりの光で満たされ、現実の物と色味は違うがココナッツの生るココスの木や果実の匂いたつマンゴーの木、一面に茂るシダ植物、そして色とりどりの綺麗な石ころが、それぞれ独自の淡い発光色を帯びながら燦然と世界を覆いつくしたのである。 「どうだ?面白いだろ」  得意満面の小鬼はえへんと胸をふんぞり返る態度だが、こればかりは素直に感嘆するしかない。 「本当に面白いわね、素敵な魔法じゃない」 「かかか、魔法か。確かに魔法にゃ違いねえだな。でも種明かしをすると、これはオラが特別何かをした訳でなくて、ただこの世界にお願いして、かつての記憶を呼び戻して貰っただけだよ」 「記憶を呼び戻す?」 「そうだ。おめえはこの霊界に来てまだ日が浅いから、どうにも生前の感覚——いいや、感性って言った方がいいかもしれねえだ。  その感性からすると、自分が生まれる遥か前から地球があって、そこに人類が現れて、栄えて、滅びて。歴史として知ってはいるけれど、本当の意味では何も知らない。  その時その瞬間の『今』は、人が認識出来る刹那の瞬間にはもう遠い過去になるし、生憎オラ達霊体となった者も、勿論生前の人間や動物にしても、『今』そのものを正しく認知する事なんて誰にも出来やしねえんだ。  だけど、認知出来なくともそこに在った事は、確かなんだ。これは思考実験なんかじゃねえぞ?地球が誕生する前に宇宙があったように、この霊界にはちゃんと全ての始まりに神様がいた。  神様が最初に決めた理が今の連続なんだ。  オラ達は漠然と今を過ごしているけれど、神様が御創りになったこの世界の木々や石、砂の一粒一粒から水一滴に至るまで、これまでの歴史をしっかり記憶しているだ。  だからオラは、その森羅万象の力をお借りして、ただ当時の『今』の記憶を呼び戻して貰っただ」 「ふーん、何か難しい話ね」 「そうだな、でもどう嚙み砕いても今の説明が一番親切だ。おめえも、宇宙開闢の話なんか聞いても、スケールが大きすぎて良く解らんだろう?  オラ達のオツムじゃ、宇宙や神様なんて代物は到底推し測る事も出来ない存在だで。だから信心深く拝むしかないんだ、今も昔も」  ふんふん頷きながら持論に対して悦に入る小鬼を見て、私も同様首肯せざるを得ない。 「今も昔も、ね。確かにその通りね」  世界各地、如何なる時代の伝承を見ても、人間には必ず信仰の対象があった。誰が決めた訳でもない、誰が協調した訳でもない。それでも見えない引力に曳かれるように、各時代の各地で信仰心が在った。 「でも不思議ね。妖怪の類の鬼も信心深いなんて」  私の言葉に小鬼は振り返ると、 「おめえも馬鹿だなぁ。妖怪の類だからこそ信心深いんじゃねえか。いってしまえばオラ達鬼は、人間よりも神仏みたいな霊的な存在だぞ。そんなオラ達が、霊的力の源を疑っているなんて、そんな馬鹿な話があるか」  窘めるような口ぶりである。 「へえ、妖怪も神仏か——それじゃあ私みたいな元人間は、一体何になるのかしら」
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加