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「さぁ、始めるザマスよ」「行くでガンス」「フンガー」「ここ、どこ?」 2
私の困惑を他所に、ドラキュラ伯爵は流石伯爵とでも言うべき優雅な振る舞いでワインを飲み始めた。
その所作振る舞い、何よりドラキュラという現実離れした存在に、私は空いた口が塞がらない。いつまでもテーブルに近づかない私を訝るようにドラキュラ伯爵は一瞥すると、
「どうかなさいました?やっぱり、お嫌いでした?えぇ安心して下さい、こんな姿形ですが、テーブルマナーは心得ておりますし、アルコールハラスメントなんて不心得は一切強要しませんから。お好きに寛ぎなさいな」
あくまで紳士的なドラキュラ伯爵である。
「じゃあ、少し頂くわ」
見た目は怪しいが、害意は無さそうである。促される儘ワインに口をつけてみると、甘い。ポートワインのような味わいだが、強烈なアルコール臭はなく、ワインというよりジュースに近い。
はっきり言って、美味い。そんな様子を察したのか、ドラキュラ伯爵は愉快そうに笑った。
「気に入って頂けたみたいで何よりです。ところで話を戻しますが、何か私に聞きたい事があるとのこと。何です?答えられる質問ならいいんですがね」
口周りをハンカチで拭うと、その口元には犬歯と呼ぶには立派すぎる牙が、キラリ怪しく光っていた。
「えぇ、たくさん聞きたい事はあるのだけれど――それより先に、厚かましいお願いが一つあるの。いいかしら」
「それもまた、応えられる範囲ならば」
「何か着る物貸して下さらない?流石の私と言えども、全裸で会話を続けるのは恥ずかしいわ」
私にとっては切実な願いだったのだが、ドラキュラ伯爵にとっては意外なものだったようで、少しの間を置いた後に破顔した。
「ホーホホホ。いえね、私が笑うのを咎めるのは少し待って下さいね」
何が面白いのか、嗚咽するほど一しきり笑った後、ようやく落ち着いたようで紳士的振る舞いを取り戻すように咳払いして、
「いやいや、すいませんねぇ。此方の世界に長くいると、どうにもそちらの常識が希薄になってしまうもので」
意味深な言葉である。だが今は、そんな事より一刻も早く着る物が欲しい。笑われた今となっては、却って恥ずかしさもいや増すというものだ。
「まぁ別に、貸すほどの事でもないんですが――最初のうちは勝手が掴めないでしょうから、どうぞドラキュラマントを羽織って下さい」
差し出された古臭いマントをひったくると、急いで着込む。オジサン特有のコロンが少々鼻につくが、今は贅沢を言っている訳にもいかない。笑われまくった手前、素直に感謝するのは腑に落ちないものがあるが、礼を失してはコミュニケーションも円滑に進まない懸念もある。業腹だが軽めに礼をしてから本題に入った。
「何から聞けばいいのか、今でも頭の中は混乱しているのだけれど——先程貴方が言っていた、此方の世界、そちらの世界というのは、どういう事なの?」
「そうですねえ、先ずは一つ誤解を解いておく事としますか。貴女はこの世界が夢とか、そんなものだと思っていますよね?」
「そうね。ついさっきまではそう思っていたけれど——今では夢であって欲しい気持ちの方が強いわね」
「では、残念ですがその希望は早くも断たれたと申し上げておきましょう。この世界はね、死後の世界——貴女の世界では黄泉の世界と言われるものでしょうか」
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