おばけにゃ学校も試験もないが、それはそれで退屈 1

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おばけにゃ学校も試験もないが、それはそれで退屈 1

 なんと晴れ晴れしい気分であろうか。外は変わらず曇天模様、時々雨。本来ならかび臭い湿気にやられ気分も滅入るものだが、どっこい今の私は違う。生きていた時分以上の活力が全身に漲っている。  握るコブシは力強い。起き上がりも楽々、100mを10秒切る健脚……は盛り過ぎとしても、まぁ普通に完走出来るだけでも死後と以前では雲泥の差である。  寝起きとは思えない気分の高揚に耽っていると、扉をノックする音。どうぞという私の言葉を聞き終えると、朝から正装でビシッと決めたドラキュラ伯爵がひょっこり顔を出した。 「よく眠れましたか、お嬢さん?」 「えぇ、死んだ筈なのに却って元気なのが嬉しいやら悲しいやらって気も、僅かながらするけれど、近年稀にみる寝起きの良さよ」 「それは良かった。朝食の準備が出来ておりますので、よろしければご一緒しませんか?」 「えぇ、お言葉に甘えさせてもらうわ」  私の返事に満足したように頷くと、ドラキュラ伯爵は一足先に階下へと降りていってしまった。  話を整理しよう。ここはドラキュラ伯爵の居城、本人曰く『魔窮の城』。その外観は厳めしく、まさに幽霊でも出そうな西洋の古城……とはいえ、その幽霊がそもそも私であり、ドラキュラ伯爵なのだから、幽霊でも出そうな西洋の古城ではなく、正しく幽霊が住まう西洋の古城と表記するのが本当のように思われる。  それはさておき、私は死んだらしい。いいや、もはやらしい等と逃避するまでもなく、確かな実感として私は死んだと確信している。  初めてドラキュラ伯爵と出会ったあの日。『死』という無常かつ唐突な現実を突きつけられ、些か狼狽した節はあったものの、見慣れぬ死後の世界と新たに手に入れた健全なる肉体——ではなく、詳細は後述するが、肉体ではなく健全な魂を得て、私は黄泉の国に現世した。 無論、こんな世界に裸一貫放り出され、見目麗しき才女の悲しさ、誰かれ言わずとも放って置かれる筈も無く。天使か悪魔か、この異形なるドラキュラ伯爵に私は拾われ今に至る。 「おまたせ」  この世界ではメイクの必要もないし、髪をセットする必要もない。生前の煩わしかった慣習が、自身の創造一つでどうにでもなってしまうのだ。ドラキュラ伯爵に拾われて、この魔窮の城で寝泊まりするようになった最初こそ戸惑ったものだが、今となってはそれも昔の話。 「ちちんぷいぷい」  ほれこの通り。真っ黒いドレスに身を包んだ私は上から下まで、この陰気漂う居城に相応しい、さながら深窓の令嬢である。 「お待ちしておりましたよ、どうぞお座り下さい」  促される儘着席すると、対面のドラキュラ伯爵は慇懃に答えた。従者のミイラ男に私の朝食を配膳させると、自身は血のように真っ赤なトマトジュースを一息に飲み干した。 「朝はやはりトマトジュースですな」
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