おばけにゃ学校も試験もないが、それはそれで退屈 2

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おばけにゃ学校も試験もないが、それはそれで退屈 2

 満足そうに舌鼓すると、口の周りをハンカチで拭きながら、私の食べ終わる頃合いを見計らってこんな提案をしてきた。 「お嬢さん、蟄居し私と問答を繰り返す日々、それは大変楽しい時間でした。えぇ、私としても。ですが私には解ります。貴女は聡く、それでいて旺盛だ。そろそろ他所の世界をも知りたいと感じている。そうでしょう?」  深海のように真っ黒な瞳で此方を見据えるドラキュラ伯爵。何を考えているのか、最初こそ解らず少しの恐怖もあったが、今となってはそんな心配もない。ただその深淵に佇む黒き相貌を見返すように、私もただ頷くだけだった。 「やはり」  得心したように頷くと、ドラキュラ伯爵はミイラ男に指示し、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。 「これは……何?」  羊皮紙には見た事もない古代文字でつらつら何かが書かれているが、生憎私には読めない。ドラキュラ伯爵から手ほどきを受け、少しずつこの世界の常識や理を理解してきたつもりだが、文字。これだけは難しい。  簡単な迷路をコンパクトにしたような記号がずらっと並ぶ羅列を見るだけで嫌気が刺す。  聞くところによると古代エルフの歌をそのまま文字に象形させた、この世界では一般的かつ簡単な文字らしいのだが、前述したように私には迷路にしか見えない。  余談だが、ドラキュラ伯爵にはひらがな・カタカナ・漢字・英語・数字が複雑に混在する日本語の文字の方が遥かに難しいと言う。言われてみれば、そんな気もしなくない。  何せ中学までに習う常用漢字は2000を超えるという。ははぁ、私は確かに頭がそこまで良い方ではないが、2000以上の漢字や英検3級ぐらいのイングリッシュパワーはある。  それを知ってか知らずか巧みに使っているのだから、全300に及ぶ古代エルフの象形文字を解読出来ないのは、ドラキュラ伯爵からすれば成程、合点のいかぬところであろう。  必死に羊皮紙に書かれたいけ好かない文字を、解りもしないのに真剣な表情で追っかける私に、ドラキュラ伯爵は注釈するように文字を指で追いながら、結びを簡潔にこう言った。 「つまるところ、通行証ですね、これは」  この世界は果てしなく広い。神が定めた膨大な数の区画がある。我々死人の意思は一切関係なく、何の因果か推し量る事も出来ないが、ともかく何かしらの神の導きがあって、それぞれの区画へ霊体となって顕現する。  私がたまたま顕現したこの区画は一年——と表記するのも時間の概念が存在しないこの世界では少しおかしいのだが、生前の体感で一年間の殆どを雨が降りしきる地質から『常雨雲集の地』と呼ばれている。  私が寝止まる魔窮の城の主人、ドラキュラ伯爵はこの区画では著名な人物——なのか怪物なのか、いずれにせよ著名な怪物なので、区画内の管轄や区画間での往来といった事を取り仕切る権限を神に跪く7人の大天使から与えられている。  今にして思えば、死後の世界に顕現した最初の日、この怪しげなドラキュラ伯爵と最初に出会えた事すらも、神の思し召しだったのかも知れない。 「それじゃあ私、他の区画へと行けるの⁉」  羊皮紙を引っ手繰る、いつになく興奮気味な私の行動も若さ故と許して欲しい。 「えぇ、そういう事になりますね」  感情高まる私を宥め諭すように、ドラキュラ伯爵は静かな口調で頷いた。 「望外の喜びに、いきなり冷や水をかけるようで申し訳ないのですが、今回渡した通行証はあくまで隣の『見えざる魔人の洞窟』と呼ばれる区画への通行許可証です。全ての区画に行き来出来るものではありません。  また、貴女には少し煩わしいかもしれませんが、貴女の霊体管理の権限はあくまで『常雨雲集の地』である此処となります。数日(生前の感覚で)の宿泊は可能ですが、拠点はあくまで此処という事を忘れないで下さい。それと——」  言葉を区切りテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、先程まで給仕をしていたミイラ男と普段は館内を無口でウロウロしているフランケンシュタインの二人がドラキュラ伯爵の後ろに控えるように整列した。 「この二人も同行させて頂きます」  主人の言葉が終わると、続くように後ろの二人はペコリと頭を下げた。 「それは構わないのだけれど——それもこの世界の決まりなのかしら?」 「そういう事になります。端的に申し上げると監視ですな。ただ、そういうつもりで一緒に居ては気分も良くないでしょうから、貴女においては便利な召使を二人手に入れたとでも思った方が、気を揉んで害するよりも幾らか賢明でしょうな」 「そうね。寧ろ私一人で見知らぬ土地を行くよりも、こうして見知った人——なのかしら?ともかく、怪人たちと一緒の方が有り難いわ」  その言葉を聞くとドラキュラ伯爵は満足そうに漆黒の眼を細めミイラ男は素直に喜び、対照的にフランケンシュタインは何を考えているのか解らない表情でただジッと私を見詰めていた。
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