ホワホワホワホワ来ても助けてくれない 1

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ホワホワホワホワ来ても助けてくれない 1

 『見えざる魔人の洞窟』。峻険な山々の谷あいにポッカリと空いた巨大な穴。全てを呑み込む悪魔の口は、見るも不気味な外観をしている。しかしこの区画、洞窟内部以外に幽霊を見る事は稀である。  というのも、地上に降り注ぐ夥しい雷光が全てのモノを焼き尽くしてしまうのである。幽霊さえ容易に住まう事が出来ないこの区画を称して『見えざる魔人の洞窟』とは成程考えたものである。 「さぁお嬢さん、此方へどうぞ」  私の手を引きながら洞窟内部へと誘うミイラ男。お嬢さん、なんて人生で一度は言われてみたい姫セリフだが、生憎イケメンどころか連れ立つ奴はミイラ男、挙句の果てにはエスコート紛いに誘う行く先は見るも恐ろしい『見えざる魔人の洞窟』ときている。 どうにも私に対する神様の扱いはぞんざいと言わざるをえない。  退路を塞ぐように3メートル近い巨漢のフランケンシュタインが後ろから無言で随行しているのも、これまた姫ポイントが高いと言ってよかろう。あぁ憎たらしや。神の思し召しは、人生の大半に於いてがだいたい憎たらしや。 「暗がりですから、お足元にはお気をつけくだせぇ」  時代劇の粋な町人みたいな口調のミイラ男というのも中々趣深いが、それ以上に平身低頭、奉公骨身に染みるといった感じで召使としては上も上、実に良く出来た奴なのである。  私の行く先に危険がないか、まるで忠犬のように先回りしては安全を確かめ、足場が不安な箇所では感心する程小回りも効く。想念一つで衣服も身体もケア出来るこの世界、別に転んだって骨折したって大した事ないのに、ミイラ男は細かいところまで目が届く奴だった。 「……」  対してフランケンシュタインはただ黙々と後ろに続いている。顎の嚙み合わせが悪いのか、時々漏れる吐息と一緒に「ふがぁ」という呼吸音?のようなものが聞こえるだけで、実に大人しい。  だが見た目に反して粗野な性格でもなく、極楽鳥の雛鳥を見かけた時などは慈しむような優しい表情を見せていた——それでも怖い顔だけれど。  という感じで、ドラキュラ伯爵に押し付けられた召使二人は、私の不安を見事に裏切る形で尽力してくれていた。  ……そう、過去形なのである。  状況整理。私は『見えざる魔人の洞窟』内部にいる。広さも不明、大声を出しても反響音が虚しいだけで、寧ろ無限に続くかに思われる広大な洞窟内部に手がかりも助けも無いかと、まさに神も仏も居ない状況に泣き崩れるばかりである。  捨てる神あれば拾う神、なんて言葉があるが、どうにも悪魔さえ裸足で逃げ出す不気味な洞窟内部に於いては、その僅かばかりの希望に縋るのも些か心許無い。  参った。実に参った。冒頭早々褒めていた怪人たちも、褒め過ぎが却って良くなかったのか、まさしく神隠しよろしく消えてしまった。  従者を引き連れお姫様気分も束の間歩いていたのに、ふっと視界が暗転しては後の祭り。ポツンと一人闇夜に佇む始末である。  更には意識の混濁さえ有る。体感的には刹那に満たない暗転だったにも関わらず、再び視界が闇の黒さに慣らされる前から頭には靄が掛かり、正常な思考の邪魔をする。  さては一服盛られたか?奴等ミイラ男やフランケンシュタインの、不自然なまでの優しさは詐欺師の手口で、世俗慣れしない現世育ちの私の純真に付け込んで一計を案じたのではあるまいな。  ……考えても解らんが、状況が悪いとはいえ一方的に邪推するのも良くはない。  何しろドラキュラ伯爵も含め世話になった怪人達は、私をこんなところまで連れ込んで遠まわしな罠に嵌める真似をせずとも、やろうと思えば魔窮の城でいくらでも煮るなり焼くなり出来たのである。  であれば、わざわざ手間をかける必要もない。  更に言えばあのミイラ男とフランケンシュタイン、一計を案じて策を弄する策士としては明らかに役不足——というより人選ミスであろう。  短い間だが共に行動して解る二人の気性はドラキュラ伯爵のような寛容でいながら狡知に長ける老獪さとは無縁で、その逆。  犬のように純粋無垢な忠誠の士といった体である。見た目に反して垣間見える童子のような純粋を、見えざる魔人の手引きによって消えた二人に責任を大として責めるのは、一時でも彼らを従者と認めた主人としてはそれこそ不義である。  今は彼らの身を案じるのが、霊とはいえ人として——誇り高き日の丸の娘として持ち合わせるべき矜持であろう。 「よし、グチグチ悩むのはこれで御終い」  元より霊界たる此処は正邪渦巻く禍根の坩堝。こうした予測不能の事態というのは、起こるべくして起こっているのである。今まではたまたま、ドラキュラ伯爵の庇護のもと危険に曝される事が無かっただけで、本来ここは地球上のどこよりも徳高く清浄な空間でありながら、同時に堕落の放埓が常に足引く鬼の呼び戸である。  踏み締める一足を躊躇している暇はない。この苦境は私だけでなく、きっとあの二人も同様に訪れているだろうから。
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