闇に紛れて生きるからって卑屈にはならない 1

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闇に紛れて生きるからって卑屈にはならない 1

 常闇の霊道。全てを呑み込む漆黒の闇。踏み出す一足が、まるで奈落へ誘う悪魔の落とし穴と錯覚する程、底見えぬ岸壁の淵を頼りも無く歩き続ける夢魔の道。  だがそれがどうした。私はとうに死んでいる。生者であれば闇も恐れよう。だが死者となっては元より私も闇の住人。  闇に住まう者が闇を恐れるなど、生者が太陽を恐れるようなものである。  であれば薄氷を履むが如しに見える道程も、実はただ気儘に庭を散策するような、気軽なものと何ら変わりないと思う私の心境が、どうして異常か等と思われようか。  何度でも言おう。この世界に於いては、闇夜に紛れる事こそが正常である。  先見えぬ霊道を歩き続けると、闇に目が慣れて来たのか少しずつ映る視界に変化が現れた。  真っ暗闇で何一つ壁も障害物もないように見えた空間にも、しっかり果てがある事。  何も知らず歩いていると、急に見えないバリアのようなもので前進を阻む唐突さは些か不快ではあるものの、それもすぐに慣れる。  はっきり見える訳ではないが、何か岩のような物質であったり壁であったりが、同じ黒でも差がある事で輪郭が現れ、少しは閉ざされた視覚が役に立つようになったのは有り難い。  黒は黒でも明暗によって微妙に差があるのも、こんな世界に放り込まれなかったら知る事の無かった貴重な体験であろう。  岩とも土とも区別の尽かぬ無機質な地面の感触も、カツカツという快活な音をたてたかと思うと次はコツコツ、場所によってはペタペタと、様変わりしながら反響音を変えていくのが耳に心地よい。と思った矢先にグチョ……といった不快な音を発したりと、一体全体私はどんな道を歩かされているのかとも思う。  とはいえ常闇の霊道。五感の殆どが正常に機能しない世界に於いて、私が頼るべきは視覚でもなければ聴覚でもない。  ずばり第六感、シックスセンスだ!  ははぁ、また随分と胡散臭いものに頼みを置いたものだと思われるかもしれないが、此処は何を隠そう常識通じぬ死者の世界。  生者の測りで死者の世界の常識を推し量るというのも、平時で戦時の倫理観を問うようなものである。とすれば、私が第六感を頼りとする事由にも、幾らかの理を見出す事が出来よう。  さぁ閃け第六感よ。開眼せよ心眼よ。究極まで高まれ私の小宇宙よ。 「……」  期待に応ずる特別な反応もなく。まぁ良いさ。最初から上手く行くとは露ほども思ってはいない。  第六感も当たれば御の字、外れりゃ次と切り替えが大切である。永久の闇に於いては、立ち止まる事こそ悪手である。  であれば、意味なく踏み出しているかに思われる一足も、実は確かな意味を成すのだ——と信じて進まなければ、この何もない道中を中てなく踏破するのは些か厳しい。
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