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闇に紛れて生きるからって卑屈にはならない 2
そんな沈黙続く世界の中で、始めて足音以外の音が響いたとしたら、陰鬱気質な私でなくとも期待に胸を膨らませて然りである。
「誰か——いるの?」
「……」
呼び掛けるも応答はないが、確かに何かが、闇に紛れ潜んでいる。
霊体故、呼吸音だとか生者の気配は勿論感じ取れないが、先述した第六感——シックスセンスに似た霊感、という奴が反応していた。
「冥府の常夜に潜む者よ、姿を現しなさい。でないと——噛むわよ」
暗がりでもキラリと光る私の可愛い八重歯の輝きに奴さんも観念したのだろう、おずおずといった体で闇の奥から現れた。
「貴方——小鬼ね?」
鬼。日本や中国を中心に民間伝承で伝え聞く空想上の妖怪。鬼にも種類はたくさんあるが、私の前に現れた小鬼は身の丈三尺にも満たない小さな子供程のサイズである。
特徴的な二本の角は、子供ながらに此方を威嚇しようと凄みを利かせているものの、どだいこの身長差では蟷螂の斧よろしく虚しい虚勢を張るだけである。
「おめえ、オラが怖くねえか?」
憮然と佇む私を前に、却って小鬼の方が警戒している。妖怪の癖に肝っ玉の小さい奴である。
「えぇ、姿さえ見して貰えれば別に」
「おめえ、中々豪傑の気があるな」
感心したように頷く小鬼だ。
「本当に怖いのは、いつだって『知らない何か』よ。知ってしまえば後はもう、文字通り鬼が出るも蛇が出るも覚悟を決めてしまうだけじゃない——それはそうと小鬼さん、少しお話してくださらない?」
「えぇだよ」
「先ず聞きたいのは、此処って何処かしら?従者二人といたのだけれど、気付けばこの暗闇」
これまでの出来事を簡単に説明している間、小鬼はどんぐり眼で私をジッと見つめるだけで言葉を発しなかったが、話が全て終わると頷きながら言った。
「あぁ、此処は常闇の霊堂だよ」
「常闇の霊堂?」
「そう、おめえがさっきまで居た場所は見えざる魔人の洞窟の表層だな。この洞窟は伝承も残らないような大昔、古代の頃からあったらしいんだが、そんな昔から天候は変わらず雷様がピカピカ怒っている。
なぁに霊体、構うもんかと言ったって、ここの雷様は臍の代わりに魂を捕っていっちまうってんだから、洞窟内部に居ついて何かしらが発展するのも、そう可笑しな話じゃないよ。
おめえ達——連れとはハグれちまったみてぇだが、最初に向かっていたのは表層で栄えている街『雷様の口唇』だろな。
でも、中にはおめえみたいに鬼に好かれて神隠しならぬ鬼隠しに遭う奴ってのも、昔からいるんだ。そういう奴はオラ達鬼が住まう下層『焦熱地獄の鬼憑き村』にお呼ばれするんだが、下層はこの霊界でも特に神性の高いところでな、表層からいきなり行くと霊体が耐えられず昇天しちまうだよ。
だから一旦、この中間地点の常闇の霊堂へ呼ぶだ。そうだな、おめえに解りやすく言えば高山病対策に富士の五合目で休む的な感じだ」
「富士——日本に詳しいのね」
「だってオラ日本の妖怪だもの」
ふふんと鼻を鳴らして得意げな小鬼だ。
「それじゃ次の話ね。私は別に表層の街でも下層の鬼憑き村でも、どっちに行ったって構わないのだけれど、従者二人を放って置く事も出来ないの。特にミイラ男の方は心配性だし、今頃慌てているんじゃないかしら」
事実、ミイラ男の狼狽振りは哀れを誘う程であったという。
「そうかあ、でもその二人が鬼隠しに遭ってねえって事は、下層の偉い鬼達は興味が無かったんだろうな。だから、オラの一存では決めかねるだ」
幼い顔で必死に渋面を作る小鬼だ。
「それじゃあ、こうしましょう。先ず貴方は私と一緒に表層から中間に向かっているだろうミイラ男とフランケンシュタインを探す。その後四人で鬼憑き村へと向かう。
二人は村の入口で待って貰って、私と貴方だけで村に入る。偉い鬼達の判断を仰いで、二人が村に入れるかどうかは決めて貰う。それでどうかしら?」
「うん、それなら問題ねえだ。鬼憑き村は閉鎖された場所だから、基本よそ者は受け付けねえけれど、鬼隠しで招待した者なら別だ。偉い鬼達も、おめえの話なら少しは聞く耳持つかもしれねえな。
ただ、余り期待はしない方がいいだよ。上の判断がどう下ったところで、それは余り意味がねえかもしれねえし、それにな——どこの世界でも、村ってのは変に堅苦しい所だで」
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