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 どうしても死にたいときはある。  それは彼女に振られたとき、そして彼に捨てられたとき。    いつだって波の音は消えない。永続的に、そして怠惰的に行ったり来たりを繰り返すだけだ。私はその波に向かってあぐらをかいて、頬杖をついて眺めている。 「この世にいるすべての人間が消え失せようとも、海は穏やかにさざめくだろう」  私の隣で、誰かが言った。しかし私はその正体を確認しなかった。風かもしれないし、幽霊かもしれない。はたまた自分自身かもしれない。 「私は、得体の知れない海に飲み込まれて死ぬべきだろうか? この真っ黒な海に」    ただ、私のすぐそばにいる声の主は「いや」と明確に否定した。 「結論を導くのは、朝になってからでも遅くないだろう」 「そうか」  私は左手に巻きつけてある腕時計を見る。深夜二時。そして小さくため息を吐く。誰にも見えない、灰色の感情が漏れ出る。このまま、太陽には眠ったままでいてほしいと願ってしまう私に、隣にいる主が現な声で言った。 「ひとつ聞きたいことがある」 「何?」 「お前は今、自分が孤独だと思うか?」  私は大切な存在たちが目の前からいなくなったことでスカスカになった胸に息を吸う。冷たく渇いた空気を入れ込んで、あえて痛みを味わってみた。それが自分自身の傷だと理解するために。 「そうだね。孤独だよ。私は」  それから私は隣を見た。そこにいるのは、一匹の猫だった。目は満月のように丸く、毛が白くて、まるで商店街で売っている招き猫みたいに太っていた。そしてそのつぶらな目が私に向けられる。 「孤独とは寂しいものか?」  猫が尋ねる。私は、ポケットからピアニッシモを取り出して、火をつける。 深夜二時過ぎ。千葉、幕張の海岸にて、たった一人の私に僅かな明かりが灯った。 「そりゃ、寂しいよ」
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