2.お守り

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 恩返しの日は意外に早くやってきた。  数日後、内職していたから日本史のノートを取っていない、と仁科がぼやいたので俺のを貸したのだ。 「クラスが違うから、こっちの方が進んでたらいいけど」  廊下でノートを差し出すと、パラパラ捲ったあと表情が明るくなった。 「お、児島のクラスのほうが授業進んでるわ。助かる、サンキュ!」  スマホで何枚か写真を撮った翌日、廊下で顔を合わせると興奮気味に話しかけてきた。 「児島! お前のノート、すごく分かりやすい! 日本史の先生、めっちゃ早口で脱線するのに、ちゃんとそれもまとめてあってびっくりした」 「あの先生、知識が豊富だもんな。気になったところとか、興味持ったところは書くようにしてるんだ」 「早口についていけるなんて、お前もすごいよ。字も丁寧で読みやすかった。今度はノート本体を貸してほしいよ」 「いいよ」 「ホントか!? じゃあテスト前、また見せて!」  パン! と柏手を打ち拝まれてしまった。力になれるのは嬉しいけど、神社の息子にそんなことをされるのは畏れ多い。 「拝むなって。この前のお礼だ」 「この前の……って、これ?」  顔の前で棒を振る仕草をしている。お祓いのことを言っているのだろう。 「そのことだけど……」  急に肩を組んで耳打ちしてきた。なんだろう。 「家のことは内緒にしてほしいんだ。営業……に支障が出ると困るから」  営業、と言われて目が点になったが、好奇心旺盛な高校生達に押しかけられたら、対応に困るに違いない。わかったと頷くと、顔全体で笑った。 「悪いな。香りのことではいつでも家に来てくれていいからさ。あと、これやるよ」  ポケットから小さな包みを取り出し、「ほら」と手のひらに乗せられた。包みを開けると、紫色に金色の糸が編まれた、着物みたいな布で出来たお守りだった。 「この前渡せばよかったなと思って、貰ってきたんだ。お前の体質だと、持ってたほうが安心だろ」 「いいのか? ……ありがとう。お金払うよ」  スマホ決済で送金できたはずだ、とポケットから出そうとすると止められた。 「それだと押し売りになるじゃん。身内だからタダだったし、さっきの件の口止め料だと思えば安いくらいだ」 「そっか、ありがとな。よく考えたら、お前支払ってねぇじゃん」 「そうだったな」  仁科に笑いながらポンポンと背中を叩かれる。結構スキンシップが多いんだと気付いた。  ――なんか、いいな。こうやって肩組まれて軽口を叩いたり、背中をつつかれたりするのって。まるで昔からの友達みたいだ。こんなふうに親しくなれるとは思わなかった。 「お守りは鞄かスマホとか、いつも持ってるものに付けてるといい。一年経ったら効果はなくなるから、神社に奉納してくれ」 「そういうもんなのか。今までずっと有効だと思ってた」 「必ず守らないといけないもんじゃないけど、通説だな。店番するときに教えて貰った」 「仁科も売ったりしてるんだ。一年したら返しに行くよ」 「そのときは新品をお買い上げくださると幸いです」  まるで店員みたいな話し方をするので笑ってしまった。  家に帰ると、リビングの時計が正午あたりを指したままだった。コンロに向かってフライパンを動かしている母に声を掛ける。 「母さん、時計止まってるんじゃない?」 「あら、本当。祐、明日の学校帰りに電池買ってきて! たしか単三だったわ」 「忘れなかったらね」  自室に戻り、お守りを取り出した。白い袋から出した紫色の巾着、どこから見てもお守りだ。 「鞄に付けたらいいかな。あまり目立たない色だし、信心深い奴ならほかの奴も付けてるだろうし」  明日授業がある教科書を鞄に入れる。鞄の金具にお守りを結わえながら、仁科が同じクラスの友達と話しているようすを思い出していた。たしか肩を組んだり、ハイタッチで手を合わせたりしていた。お守りを貰ったということは俺もそれ位親しくなったんだろうか。  ――もっと仁科と仲良くなれたらいい。高校を卒業する頃には、無二の親友くらいになれたら嬉しい。仁科を知ったのは体が楽になる香りからだけど、今はあの笑顔を一番近くで見れたら嬉しい。仁科も同じように思ってくれてるといいな。
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