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次の日、体育の合同授業があった。白い道着に着替えて格闘技室へ向かう。
「よっ、児島。柔道着って体操服よりあったかいな」
声を掛けられて振り向くと、道着姿の仁科が歩いてきた。Tシャツを中に着込んでいるが、普段詰襟で見えない喉は喉仏出っ張ってて、首元の筋にはホクロが見えた。大きくVの字に空いた胸元は細身の仁科を男らしく見せている。和装男子という雰囲気で似合うのだ。
「着慣れてるなぁ。驚いた」
「柔道部員だったらもっと板に付いてるぜ。俺は袴のほうがしっくりくるけどな」
神社の手伝いをしているのかな、と思ったが口には出さなかった。神社は禁止語句だ。
「……そうだ、今日、家に来るか? 母ちゃん遅いからうるさくないし、ゆっくりしてもらえると思う」
「行く! ありがとう」
仁科の持ってる香りを見せてもらえると思うとわくわくする。それに、親しくなれるチャンスだ。顔が自然とにやけてしまう。
「部屋散らかってると思うけど勘弁な。あ、先生来た」
背の高い男性教師が入り口に来たので、話すのをやめた。
「今日から数回、柔術を学ぶ。まずは、ひたすら受け身の練習をしてもらう。投げられる時に上手く受け身を取らないと、大けがをすることもあるからな」
柔道経験者を手本に、受け身の取り方を見せられた。
「まずは先生が受け身の見本を示す。こうやって組み手を取るだろう、畳を手で叩きながら倒れると怪我をしにくい」
次に、経験者を先生が投げ、生徒が受け身の見本をした。生徒達が次々に投げられたり倒されたりするたび、畳が揺れて驚いた。
「怪我をしにくいって言うけど、どう見たって痛いよな」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「次は皆の番だ。頑張って受け身を取ってくれ!」
心なしか笑っている先生にひとしきり投げられると、次に生徒同士で組み手をしていいと言われた。
「有段者は有段者同士で組んでくれ。どうしても初心者と組むときは手加減するように」
いつも俺と組んでいるクラスメイトを見ると、黒帯だった。手持ちぶさたになってうろうろしていると、仁科と目があった。
「一緒に組むか? いつも組んでくれてる奴が黒帯でさ」
「あはは、俺もだ」
ジャンケンで、どちらが先に投げる側になるか決める。俺の勝ちだった。
「行くぞ、仁科。廻して倒すから上手く受け身を取ってくれ」
「おう」
正面から仁科の襟を掴もうとしたが、首元のホクロに目が行ってしまった。なんだ、このホクロえらくエロくないか? 首筋のラインも、やたらスッとしてて綺麗だし……。
「首ばかり見てないでちゃんと襟持ってくれよ」
しまった、凝視しているのが仁科にバレてしまった。カッと顔が熱くなって、挽回しようと襟を思い切り掴んだ。
「行くぞ!」
襟を掴んで、体の外側に廻しながら投げたつもりだったのに、途中で「ビリッ」という音がした。
「えっ」
なにかの聞き間違いか? 空耳だったのか? と上手に受け身を取った仁科を見守る。うずくまった仁科は首を庇うように襟元を押さえていた。
「仁科……さっきなんか音がしなかったか?」
「……あ、Tシャツの襟が破れてる!」
見ると、首元の二重になっているところから半月型に肌が見えていた。
「ご、ごめん! 力が入ったみたいだ」
いくら力を入れていたとはいえ、人様の服を破いてしまった。恥ずかしいし、申し訳ない。畳に駆け寄って謝っていると、先生の声が飛んできた。
「そこ! なに騒いでる」
そう言ってドカドカと足音を立てて近づいてくる。
「……服が破れたのか。よくあることだ、中のシャツを脱いで続けなさい」
怒られるのかとハラハラしていると、おとがめなしだった。こう事故はよくあるんだ。力入れるもんな……と感心してしまう。
「ごめん、馬鹿力出しちゃって。Tシャツも弁償する」
「いいって。先生も言ってただろ、ただ今度は生身だから、手加減してくれよな」
そう言って、道着をはだけると中に着ていたシャツを脱いだ。道場の端にポイッと投げた仁科は上半身裸だ。
「に、仁科……」
なにも纏っていない胸筋には、汗が筋を描いてツッと流れているし、乳首は赤く熟れたように色づいている。それらが目の前に晒されると目のやり場に困って、反射的に回れ右をしてしまった。
「は、早く道着を着てくれ!!」
上半身裸になった仁科を前に怒鳴る。
「なに言ってるんだ、そんなに変か? 水着だって上半身裸だろ」
「いいから早く!」
なんとか上を着て貰ったが、今度は向かい合うと大きく開いた胸元に視線が釘付けになってしまう。
首筋から鎖骨にかけてのライン、着痩せしてるのか胸筋のあいだにはしっかりと男らしい溝が構築されている。
――俺はどうかしてしまったんだろうか。仁科の親友になりたいと思っているのに、こんなことで意識するなんて。
「……Tシャツの弁償はいいって言ったよな。今、俺受け身を強化したい気分なんだ。じゃんじゃん投げてくれ!」
これ以上、仁科の肌を見ているとおかしくなりそうなので、投げられる側に徹することにした。そうすれば、少しはマシだろう。
「柔道に目覚めたか? じゃ、遠慮なく」
そう言ったあと、フワッと体が軽くなって受け身をとる間もなく投げられていた。今日初めて投げたにしては、やたらと上手い。もしかしたら。
「……仁科お前、経験あるんじゃないか?」
「子供の頃に一か月通っただけだ」
道着を正す姿が様になっていると思ったら、そういうことか。
「それって経験者なんじゃないか」
「そうかも。でも段は取ってないからなぁ」
「ひでぇ、騙された!」
たしかに先生は「有段者同士で組むように」と言ってたけど経験者という意味だと思うのに。
「ほら、まだ時間あるから投げさせてくれよ、児島」
素知らぬ顔で口笛でも吹きそうな仁科が憎らしかったが、その後はチラ見えする胸元を意識せずに済んだ。
裸を見たときおかしくなったのはきっと、普段と違う格好だから戸惑っただけなんだ。そうだ、そうに違いない。
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