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その日の放課後、仁科の家に連れて行ってもらった。洋風二階建ての家で、畳敷きの部屋はなく神社というより外国みたいな感じすらした。
仁科の部屋に向かって階段を上がる。ここで毎日生活してるんだ、そこに呼ばれるなんて、俺はかなり親しくなったんだって思うと、仁科のクラスメイトに対して勝った気がした。
「その辺に座って、児島」
部屋に足を踏み入れると、清々しい森のような香りがした。寝台と本棚、勉強机が置かれた学生らしい部屋だ。本棚の一角にアロマオイルの瓶が十種類ほどずらりと並び、アロマディフューザーらしき筒状の器具もある。
「これ、全部お前のか?」
「貰ったのもある。開けて匂ってくれていいよ。ちょっとコーヒー淹れてくる」
「ありがとう。名前見ても分からないから、適当に開けるよ」
俺がキャップを開けて試していると、仁科がコーヒーを持って来た。勉強机の椅子に座って飲みながら話し始める。
「神社の入り口で、お守りに混ざって匂い袋を置いててさ。巫女さんの提案でハーブの香りを付けて売ったことがあって。子供の感覚を見てみたいって言われてモニターしたんだ。何個かサンプルを試すうちに、自分が好きなのはスッとする匂いだって気付いたんだ。アロマに詳しいさっきの巫女さんに何個かオイルを貰ってからかな、自分で揃えるようになったのは」
昔からこういう趣味じゃなかったのか。確かに女の人が好きそうだものな。
「あ、これいいじゃん、頭がスッキリする」
と言って茶色の瓶を差し出すと、仁科も瞼を閉じて匂いを嗅いだ。睫毛の影がハッキリとするくらい長い。うう、この美形め。一呼吸置いて仁科が「ローズマリーだな」と言った。
「これ俺も好き。結構見かけるぜ、乾燥に強いからショッピングセンターとかに植えられてる」
「へぇ。あ、これも好みだ」
樹と草の中間のような香りの瓶を見ると、「ローレル」と書いてあった。
「これも落ち着くな。俺の好みで集めてるから、あまり花っぽい香りはないんだ。薔薇とかジャスミンとか甘い香りだろ、ちょっと苦手で」
「苦手なやつもあるんだ」
香水すら作れるくらい詳しいんじゃないかと勝手に思い込んでいたけど、違うんだ。
「……さっきの続きだけど、店に行くと女性客ばかりで恥ずかしくてさ。最近は通販で買ってる」
「そっか、人知れず苦労してるんだな」
たしかにアロマ関連の店を通るとき、男性客を見たことがない。綺麗にお洒落したOL向けな気がする。学生服で入ったりしたら、同級生達に冷やかされること間違いなしだ。
「児島は、昔から乗り物酔いとか、気分が悪くなったり頭が痛くなることがあるのか?」
「乗り物酔いは小さい頃からかな。それ以外には、四つ角とか事故現場を通って気分が悪くなることがよくあった。もしかしたら、そのたびに取り憑かれていたのかもしれない」
仁科が家に誘ってくれたのは、この話をするつもりだったのかもしれない。学校だと話しにくそうな話題だし、ヘタしたら変な目で見られる可能性もあるから。
「事故現場とかは、自分が死んだって分かっていない意識体がいるからな……。人間に取り憑かれたら、怪我とかするって聞くけど、あまりなかったんだな」
思い出してみると、子供の頃から怪我は多かった。だけど自然な成り行きで怪我していたので気付かなかった。それも皆霊の仕業だったのかと思うと怖くなってくる。
「いや、怪我もあった。けど自然なものだったから分からなかった。可能性あるんだな」
「これからはなるべく、人が死んだ場所やいわくつきの廃墟には近づかない方がいいと思う。それに、事故現場で被害者に同情したり、可哀想だなと思うのも良くない。意識体が、自分のことを思ってれてるのかって気付いて寄ってくるから」
「それはあるかもしれない。潰れた乗用車とか見たとき、これだけひしゃげてたら痛かっただろうなって想像したりしたことがある。その帰りに頭が重くなってたな……」
「そういうやつだな」
人差し指で差される。笑っていない顔を見て、背筋にいやな感じがした。俺って今まで、よく無事だったな。
「マジか……」
「今は大丈夫みたいだけど。……もし怪しいとか、危険なことが続いて困るようなら、神社に行けばいい。家の近くだと、地縁で守ってくれる。いざとなったら仏様、つまり寺でもいい」
「そうなんだ」
神仏どちらでもいいんだ、と驚いた。教会でもいいのかもしれない。
「俺も霊感がいつも鋭いわけじゃないから、あまりあてにしないほうがいい。微弱な意識体だって、必死になったら悪い影響を及ぼせるからな」
「意識体っていうのか? 霊のこと」
さっきからやたらと耳にする言葉だ。
「生きてる人の強いエネルギーが家とかに残ってる場合もあるから、俺はそう言ってるだけだ。本人が生きてるのに霊って呼ぶの、変だろ?」
「そうだな。それって生き霊ってやつか?」
「まぁそうかな、話すと長くなるからこの辺にするけど。俺はそんなに詳しくない。ちょっとネットや本で囓った程度だ。ただ、児島みたいなのは体自体は強いのに、色んな要素で疲れやすいし、体調悪くなりやすいんだな。もしかしたら気圧にも弱いんじゃないか?」
「気圧?」
「雨が降る前後とかに頭が痛くなったりしないか?」
「なる! よく分かるな」
乗り出してうんうん、と頷く。
「お守り貰ってからは、具合悪くなってないから。ありがとな」
拳をグッと突き出すと、ミットみたいにして受け止められた。仁科の手は俺より大きくて、帰ったら牛乳飲まなきゃ、と思えるほどだった。
「どういたしまして。まぁ、また変なものくっつけられてたらいつでも神社に来いよ。あ、児島。ちょっとじっとしてて」
急に仁科が近寄ってきた。俺より背が五センチくらい高いから、かなり圧迫感がある。真面目な顔ですぐそばに来ると、ちょっと怖い……と思ってしまった。
「な、なんだ?」
「いや……、そのまま動くなよ」
髪に手が伸ばされる。
――えっ、なに? もしかして仁科、俺になにかするんじゃ……? き、キスとか。
どうしよう。友達同士だけどふざけてるのかな。そういうとき、目を閉じるんだっけ? でも、不意打ちならそこまでしなくていいのかな。
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