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君だけの月
ピアノの音楽が、月の光のようにきらきらとカクテルに彩りを与えている。
落ち着いた明かりが揺らめくバーの店内。
カウンター席に腰掛けた男性客が口を開いた。
「このお店、良い雰囲気ですねぇ、気に入りました」
「それは嬉しい、お気に召されたようで光栄です」
伊織がにっこりと微笑み返すと、それに伴って金色の髪が揺れた。
「彼女も連れてきたいなぁ。明日仕事の都合はどうなんだろ」
お互い社会人になり四ヶ月経ち、仕事にも慣れてきた頃である。
少し大人なデートを演出してみたいのだと男性は照れたように言った。
スマホを片手に彼女に連絡を取ろうとした彼に、伊織が言った。
「お客様、申し訳ございません。明日は貸し切りでございまして」
「えっ、そうなの?それは仕方ない。でもまた別の日に一緒に来たいんで、その時はよろしくお願いします」
残念そうに、しかしはにかんだ顔で言う男性に、伊織は「もちろんです」と柔らかい笑顔で答えた。
会計が済んで男性客を見送ったあと、店内に戻ってきた伊織はカウンター内の樹に話しかけた。
「明日は『貸し切り』、だもんね」
「え?ああ。そう、そうですよね」
意味ありげに微笑むその顔は、樹には何が言いたいのか分かる。
だが、知らんふりをすることにした。
「あれぇ~?やけにあっさりした反応だねぇ」
伊織がニタッと笑いながら樹の顔をのぞき込んでくるが、樹はできるだけしれっとしておこうと務めた。
「別に、そのことについてそれ以上の話をする必要性が……」
「汐里ちゃんのお誕生日会だよ?しかもハタチの。樹クン待ちわびてたんじゃないの?」
いたずらっぽく笑う伊織に、樹は思わず左の眉をピクッとさせて見詰め返した。
「篠原さんが、貸し切りで誕生日会をやろうって言ってくださったから、それで」
「素直じゃないなぁ、樹クンは」
くすくす笑っている伊織の背中に、樹は肩を震わせながら口をパクパクさせるので精一杯だった。
「え?明日の貸し切りっていうのは、バーテンダーさんの彼女さんのパーティーか何かなんですか?」
カウンターの少し離れたところから、別の男性客が話しかけてきた。
伊織は嬉しそうににこにこしながらそちらを見たが、樹は真面目な顔をしてつかつかと歩み寄り、
「ち・が・い・ま・す!!」
と思いっきり否定をした。
樹の様子に客は圧倒されて驚いていたが、伊織と目が合ったかと思うと顔を見合わせて笑っている。
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