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(『彼女』かぁ……)
仕事が終わり家に向かう道すがら、樹はひとり考えていた。
元カノの麻衣子と別れてからは誰とも付き合っていない。
汐里は彼女ではないが、高校を卒業して以来時々二人で会っているし、一緒にどこかへ出掛けたりもしている。
先日は一緒に海へ行った。
自分のバイクの後ろに汐里を乗せて走ると、彼女はキャーキャー大騒ぎだった。
以前の樹なら、面倒だなと思ったかもしれない。
しかし、正直に言うと、今はそれがとても楽しい。
理由は分からないのだが心地良いと感じている。
『またね』なんて言って、次の約束を取り付けては繋がりを途切れさせないようにしているのは自分の方かもしれないのだ。
認めたくはないが、事実だ。
誕生日会について楽しみだの何だのとメッセージを交わしたばかりだし、日付が変わってすぐに、おめでとうの言葉も贈った。
しかし。
(別に、しおりんと付き合ってるわけじゃないんだもんな)
シャワーを浴び、髪を乾かしたあと、鏡に映る自分の顔を見た。
汐里が高校を卒業してからは、彼女の口から樹に対して「好き」という言葉は聞かれなくなった。
会う度にいつもと変わらない笑顔は咲き乱れているけれど。
もう樹のことは諦めてしまったのだろうか。
自分は「一緒に遊んでくれるお兄さん的ポジション」になってしまったのだろうか。
そう仕向けたのは自分なのに、鏡の中の樹は何か言いたげに見えた。
そうだ、汐里が年下であり、未成年だったことがこの状態を招いてしまっているのだ。
年上の女性にばかりこだわっていたことで素直になれないなんて、何だか格好悪い話ではないか。
そうは思いつつも。
「あり得ない!……今さら素直に伝えるなんて、オレには無理だよ」
パチン!
静かな部屋に頬を叩いた音が鈍く響いた。
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