君の存在は、酷くて甘くて遠い④

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君の存在は、酷くて甘くて遠い④

 さっきまで大学にいた僕は、何気に開いたスケジュール帳を見て、慌ててバイト先へ向っている。今日から、もう一つのバイトをする予定だったのをすっかり忘れていた。  その新しいバイト先は、自宅から一駅離れた駅前のコンビニ。通学で通る駅だから丁度良いと、面接を受けてみたら今日から入ってと店長からメッセージが来ていた。   「すみません。遅くなりました」 ギリギリに店に入った僕に、50代くらいの小太りで優しさそうな男性がニッコリ笑顔で手招きした。 「17時の時間帯に入ってくれることになった瀬織くんね。コンビニ経験者だから細かいところ教えてあげて」  小太りの優しそうな男性こと西谷店長は、僕にユニホームを渡しながら僕の紹介をした。僕は、店長と話している人物を見て驚いた。 「で、こちらが菊理くん。ベテランさんだから分からないことあったら菊理くんに聞いて」 「瀬織です。よろしくお願いします」 僕は、知ってるけど向こうは知らないし、初めましての程で挨拶をした。そんな菊理は、こちらをじっと見て不自然に目線を逸らした。 「……よろしく」 菊理は、少しの間があってそれだけ言うと、事務所の扉を開け、そそくさと店内へ出て行ってしまう。 「ああ、もう菊理くん…クールビューティーだけど仕事は出来るから頑張って」苦笑いの店長。 「え、はぁ……」  僕は、クールビューティーってなに? 首を傾げながら菊理が出てった扉を開けた。なんだかよく分からないけど、取り敢えず頑張るしかない。  ※  仕事中の菊理は、特に無愛想とかでもなく普通に接客をしていた。クールビューティー?と言っていた店長が嘘みたいだ。  僕が客の対応で慌てていたら、無言でヘルプしてくれるし、教え方も分かり易くてとてもいい先輩なんだけど…… 「ありがとうございます」 「・・・・・・ん」  僕が、ヘルプしてくれた菊理に礼を言っがら、不自然に目線を逸らし少し間が空いてから返事が返ってくる。話し掛けられるのが面倒なのかと最初は、気にしていたけれどそれどころじゃないくらい忙しい時間帯に入りあっという間に勤務時間が終了。   「お疲れ様でした」 「・・・・・お疲れ様」 僕は、事務所の丸椅子に座ってる菊理に挨拶した。菊理から返ってくる返事は不自然に間が空く。僕は、店を出て駅に向かった。  はぁ……疲れた……  僕は、久しぶりの接客と菊理のことが気になって疲れが二割増しに感じた。僕が、コミュ症だから、何かやらかしてしまったのかもしれない。 せっかく家の近くでいいバイト見付けたのに……  僕は、小さくため息を吐いて駅のホームへ到着した電車に乗った。  ※ 「はぁ……」 「どうした? ため息なんて吐いて」康宏は、隣に座って僕の顔を覗き込んで来た。 「僕…ため息吐いてた?」僕は、ノートパソコンから目を離しヘッドホンを外した。 「うん、なんかあったん?」康宏は、持っていたメロンパンに齧り付いた。  比較的空いている学食で、僕は只今製作中の曲を仕上げに向けて作業をしていた。 「あれ? 智は?」僕は、グレープ味のグミを一粒口の中に放り込んだ。 「授業の準備で忙しいってさ…で、何があった?」  そこに、ちょっと見た目が派手な男性三人組が学食へ入って来た。  ああ、菊理だ……  僕は、気持ちが落ち込んでいる原因である人物を見て更に落ち込んだ。 「……新しくバイト始めたんだけど」僕は、仲良く友人達と話しをしてる菊理を見た。 「またバイトするん大丈夫か?」康宏が若干食い気味で聞いてくる。 「うん、大丈夫。音楽編集ソフト欲しいし…何かと必要だしと思って…新しいバイト先行ったら菊理くんがいて」   「え?! もしかしてなんかされたん!」康宏は、更に食い気味でしかも真剣な顔で僕を見てくる。 「何もされてないよ…ただ……」僕は、この前のバイト先での話しを康宏に話した。  康宏は、黙って僕の話しを聞いて少し考えてから「……ん、実留の気のせいじゃね?」ニッコリ笑った。 「そっかな……」 「そうそう。あんま気にすんなって…それより無理だけはすんなよ」康宏は、僕の頭をポンポンと撫でた。 「大丈夫だって心配症だな」 「当たり前だろう」  昔よりは、随分ましにはなったけど身体が弱いのは変わらない。それを知ってる康宏はいつも心配してくれる。それが、最近少々過保護なところがある。  「それと、こんなばっか食ってんな」康宏は、僕のグミを一粒取って口に入れた。 「……あはは、やす、おかんみたい」 「誰がおかんだって? あっやばっ! 俺そろそろ行くわ」 「うん、じゃね」  って僕も次、講義だ!  僕は、ノートパソコンを鞄にしまって学食の入り口へ急ぎ足で歩いた。 「あっすみません!」  僕が慌てていたせいで学食の入り口付近で誰かと打つかった。 「・・・・・・」  僕は、打つかった人に謝罪をして顔を上げたら菊理だった。 「あっ! 菊理くん…すみません!!」僕は、その場から逃げるように食堂の入り口へ走った。 「えっ? 知り合い?」 「・・・・・いや」  僕が食堂を出る時、菊理がそう言っているのが聞こえた。  なにが気のせいじゃないじゃん……やすの嘘付き…… 「はぁ……僕…何やらかしたんだろ」    僕は、小さなため息を吐いて講義室へ急いだ。
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