君の存在は、酷くて甘くて遠い⑥

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君の存在は、酷くて甘くて遠い⑥

 あれから、いつの間にか寝てしまっていた。目覚めたのは、隣に寝ている瀬織の寝相の悪さだった。 「はあ……」  俺は、顔に乗ってきた瀬織の腕を払って起き上がった。こっちの気も知らないで気持ち良さげに寝やがって……ま、昨日より顔色がよくなってきているからいいが。  何気にCDの棚を覗いてみた俺は気になる名前を見つけて手に取った。  Keizi……    瀬織が相当ファンなのかCDが並んでいた。知る人ぞ知る有名なミュージシャンだけれど、まさかこんなところでまた見るとは思わなかった。  それより…腹減ったな……  俺は、狭いキッチンを探った。出てくるのはグミやカップラーメンだった。冷蔵庫には、ミネラルウォーターが数本と甘い飲み物数本。 壊滅的な食生活……ぶっ倒れるのも当たり前だろう……   ※  この辺を調べた結果、近くにスーパーがあるっぽいことか判明。俺は、いる物だけを購入して早々に帰ってきた。  俺は、唯一あった炊飯器でご飯を炊きおにぎりを作り海苔を巻いた。後は、湯を沸かしてカップの味噌汁を作れば完成ってところで、ベッドから上半身を起こしこちらを見ている瀬織に気付いた。 「……いい匂い……ええ?! 菊理くんがどうして? え? めちゃ綺麗になってる…え? え?」  俺は、ベッドで騒いでる瀬織に畳んだ洗濯物からスエットを取って投げた。 「落ち着けって…取り敢えずそれ着ろ。覚えてないのか? 腹減ってぶっ倒れたの」  瀬織は、スエットを着ながら思い出したように「ああ……」と言った。   「ああ…じゃねぇーし」俺は、瀬織を冷ややかな目で見る。 「この度は、ご迷惑をかけてしまい…誠に申し訳ございませんでした」瀬織は、ベッド上で平伏した。 「土下座って別にいいけど……ほら、腹減ってんだろう?」 俺は、小さい折りたたみのテーブルに今作ったおにぎりとカップ味噌汁をおいた。 「え?! 食べていいんですか?」目を輝かせた瀬織の腹の虫が鳴った。 「……どうぞ。つーか、その敬語やめてくんない? 俺ら同い年だろう」 「へぇはんでですか?」瀬織は、口いっぱいにおにぎりを頬張りながら言った。 「落ち着いて食えって何ってるか分かんねし」俺は、それを見てつい笑ってしまった。 「……迷惑なのかなって昨日学食出る時、僕のこと知らないって言ってたから」瀬織は、しゅんとなって俯いた。  ああ……あれ聞かれてたか…… 「いや、説明すんの面倒つーか詮索されたくなかったつーか」  なんで必死になってんの…ダッセ…… 「とにかく、敬語やめろよ。取り敢えず食えって」 「……うん、分かった。おにぎり美味しい」瀬織が笑う。  俺に向けられる瀬織の笑顔。衝撃を受けたみたいに胸がぎゅってなって鼻の奥が詰まった感じ…… ……これってなんだ?   ※  お互いギクシャクしていたのは最初だけで音楽の話しで瀬織が一番食い付いた。 「瀬織くんってKeizi好きなん?」俺は、棚の本を指差した。 「うん、昔聴いたことあって」瀬織は、昔を思い出したのか少し笑った。 「……あ、だからGoisuにいんの?」 「え? なんでGoisu??」瀬織は、キョトンとした顔で首を傾げた。 「知らない? あそこの店長Keiziだって」 「嘘……まぢ?!」 「うん、マジ」 「ああ〜〜憧れの人に数々の失敗を見られてたなんて」瀬織は、頭を抱えて項垂れた。 「宇田川店長、オリジナルの曲いいって言ってたけど」 「本当?」瀬織は、瞳をキラキラ輝かせた。 「本当本当って俺も褒めたんだけどな……」俺は、なんか腑に落ちなくてそう呟いていた。 「そうなの?」 「俺さ、その店常連でオーダー取りに来た瀬織くんにオリジナルいいなって」  なに必死に説明してんだろ……ダッセって…… 「……ん…ごめんなさい」瀬織は、思い出せず困った顔をする。 「いいって気にすんな。音楽のことなら店長に聞けば教えてくれると思うぜ」 「うん、今度聞いてみる」瀬織は、嬉しそうに頷いた。 「俺、そろそろ行くわ。二限から講義だし… 瀬織くんは?」 「……ああ、今日は、夜からバイトだからもう少し寝ようかな」瀬織は、大きな欠伸をしまたベッドに入った。 「あんま無理すんなよ」俺は、ベッドでうとうとしかけてる瀬織に言った。 「……ん、ありがとう菊理…くん…」  俺は、瀬織の家を出て駅へ向かった。瀬織に礼を言われただけなのに、こんなに嬉しいとかおかしいとしか思えない。  マジでどうしたんだって……
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