君の存在は、酷くて甘くて遠い⑧

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君の存在は、酷くて甘くて遠い⑧

____やべぇ…… そんなに飲んでない筈なのに……ふわふわする……  俺は、立ち上がりフラついて隣の真琴に抱き付いた。 「おい、大丈夫か?」珍しく心配顔の真琴。 「トイレ……」 「俺が連れてってやろうか?」真琴の隣に座る雄大が俺を揶揄ってきた。さっきまで酔ってたくせに…… ああ…この二人酒豪だった…… 「……ガキじゃねーわ」 俺は、出来るだけ足に集中しカウンターを曲がって右側のトイレへ向かった。カウンターの中にスタッフ数人いて、その中に宇田川と瀬織がいた。二人は、さっきからずっと楽しそうに話している。それを横目で見ながらまたモヤモヤし始めた。  やべぇっ……俺マジで酔ってんな…… 俺は、トイレでモヤモヤを落ち着かせ席へ戻る時、カウンターの中であの二人が笑いながら話してるのが見えた。俺は、またモヤつき始めて…… 「おお、悠手伝う気になったか?」 「……だから…近いって」  俺は、カウンターの中へ入って宇田川と瀬織の間に入り瀬織を後ろから抱きしめた。 「く…くりくん?」瀬織は、驚いた声を上げる。 「おまえ酔ってんな」宇田川は、大きなため息を吐いた。  そこへ、俺を心配して真琴がカウンター入り口へ通りかかった。 「悠、戻ってくるの遅いと思ったらここでなにやってんの?」 「真琴くんちょっと来て」宇田川は、真琴を手招きした。 「悠…あちゃ〜〜」真琴も宇田川と同じ大きなため息を吐いた。 「瀬織くん、次出番だから離してあげて」宇田川は、宥めるように言った。 「……やだ」 「やだじゃねーし!」真琴は、俺を瀬織から強制的に離し俺を担いだ。 「実留くん、ごめんな〜〜〜こいつ酔うと抱き付き癖があってさぁ」真琴は、俺の肩をポンと叩いた。 「ほらほら、いっていって」宇田川は、瀬織の背中を押した。 「はい」瀬織は、頷いて急いでカウンターを出て行った。 「あ…あの…菊理くんが…その……」瀬織は、困った顔で宇田川に声をかけた。 「はぁ……おまえは、なんでまた瀬織くんに抱き付いてんのかな?」宇田川は、背後霊のように抱き付いている俺を見て額に手を当てた。 「見付けた! もう悠ちゃん!」雄大は、抱き付く俺を離そうとするが離れない。 「悠、もうなんなんだよ…実留くんがいるステージにまで上がってこうとするしさぁ」真琴は、呆れた顔で額を押さえた。 「えっ、ステージに上がろうとしたの?」宇田川が驚いた声を上げた。 「……すみません。僕、菊理くんになんかしたんですか?」瀬織の顔が引きつった顔になる。 「君は、なーんも悪くない!」と宇田川。 「実留くんのせいじゃねぇから」真琴は、宇田川と同時くらいに言いい、雄大もうんうん頷いた。 「仕方ない…瀬織くん、その背後霊ここの二階の部屋へ連れてってくれる? その間、真琴くんと雄大くんこっち手伝って」宇田川は、瀬織に鍵を渡した。  真琴と雄大は、宇田川についてカウンターの奥に入っていく。 「あっ瀬織くん、部屋は事務所の奥だから」宇田川は、部屋の方へ指差した。 「はい、分かりました」瀬織は、俺を担ぎ二階の階段へ向かった。  二階に上がった瀬織は、事務所を通って一番奥のドアに向かった。 「菊理くん、もう少しだからしっかり立って危ないから」瀬織は、俺の左腕を持ち右腕で俺の右側の腰を掴んだ。  意識はあるのに、酒が回って全然いうことを聞かない体。誰かの支えがないと歩けないとか…… 「……ダッセって」 「え? 大丈夫?」瀬織は、心配して俺の顔を覗き込んでくる。  情けねぇからあんま見ないでくれ……  瀬織は、部屋の鍵を開けて中へ入った。照明のスイッチらしきボタンを押すと部屋に暖色系の明かりがついた。  部屋は、それ程広くはないが一人で住むには充分な広さのワンルームだった。家具やインテリアも必要最低限が置いてあり、どれも統一された配色でお洒落な宇田川のセンスの良さがよく分かる。  瀬織は、奥のベッドへ俺を運び寝かせた。そして、キッチンへ入って冷蔵庫からミネラルウオーターのペットボトルを取り出しコップに注いた。 「勝手に持って来ちゃったけど……」瀬織は、持っていたコップをサイドテーブルに置いた。 俺は、ふわついた意識が少し戻ってゆっくり目を開けた。瀬織は、心配そうに見ていたが急に笑い出した。 「これで一緒だね……」  瀬織が俺の頬に触れた。その手が冷たくて気持ちがいい。俺は、その手を掴んで自ら頬にくっ付けた。 「瀬織くんの手……冷たくて気持ちいい……」  瀬織の手のひんやりした感触に目を閉じた。何秒だろう何分だろう。その手が俺の火照った頬の温度が伝わり熱くなっていく。瀬織が急にその手を引っ込めた。 「あっ、えっと…そろそろ行かなきゃ……」瀬織は、慌てて部屋を出て行った。  俺は、頬に残る瀬織の手の感触を確かめるように自分の頬に触れ目を閉じた。
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