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僕は、ずっと絵を描いてきた。
大学生となり、美術大学に入学した今現在に至るまで、様々な絵を描いてきた。
小さい頃は、鉛筆でアニメのキャラクターや家の近所の風景を描いたりして、満足いくまで描き込んだらその中に無邪気に色を塗り重ねて遊んでいた。
そして、何時しかその遊びが趣味となり、そしてそれが更に昇華して一つの大きな夢となった。
時折コンクールなどに出展して入賞することもあった。賛辞の声をもらい、ああ僕の絵は価値のあるものなんだ、と自己陶酔する日は少なくなかった。
入賞経験もあり、周囲から一目置かれている僕。当然、絵に関して一家言を持っていた。
線の太さや、パースの取り方。様々あるけれど、僕が一番重きを置いているのは色だ。
限りなく、その題材となったものに近くなるように色を塗る。
それが目の前にあるかのように、はたまた見ている人がその風景の中に溶け込んでしまったと錯覚してしまうように、丁寧に丁寧に、時に荒く、何重も色を重ねていくのだ。
構内を散策していると、たまに奇抜な色で塗り上げている人を見かける。
僕は近寄り、その人たちに「どうしてそんな色で塗るの?」と尋ねると、決まって「独創性があった方がいいと思って」と答える。
それは独創性なんかじゃない。
通常とは異なることをして、自分は常人とは違っていると思い上がりたいだけの愚か者だ。
もっと、きちんと色を見るべきだ。現実に見えるその色こそ、正しい色であり、描き出されるべき色なんだ。それ以外は、ありえない。
――なんて。
思いあがっていた僕はある日、一人の男性に出会った。
その男性は、僕が最も嫌う色の塗り方をしていて、それを見た僕はいつものように意地悪く「どうしてそんな色で塗るの?」と尋ねた。
すると、彼はこう言った。
「僕は、生まれつき色が見えないんです。赤色がどんな色なのか、青色がどんな色なのか全く分かりません。だから、いつも想像で見ているんです。きっと赤色はこんな色、青色はこんな色という具合に。――ああ、そうか。きっと、僕が今塗っているこの色は、皆に見えている実際の色とは違っているんですね」
彼がキャンパスに描いていた一つのりんご。そのりんごは、青色に塗られていた。
「りんごは赤色の中に緑色が入っていたりするそうです。貴方が不思議そうに尋ねてきたということは、僕が塗っているのは赤色でも緑色でもないということなのでしょう」
返す言葉が見つからず、ただ立ち尽くして彼の言葉を聞いていた僕に、彼は微笑えんだ。
「でも、いいんです。僕には見えていますので。とても綺麗な色で塗られているりんごが。実物と違っていても構わないんです。僕には僕の、素敵な色がありますから」
僕は、急に恥ずかしくなった。
視界に映る多種多様な色に染められたものが、どうして正しい形を成していると思っていたのか。
所詮は自分の中で完結されたものでしかないそれが、どうして世間共通で当然であると思っていたのか。
僕はなおその場に立ち尽くしたままでいた。
ぼんやりとした視界の中に映る青色に染まったりんごを見ながら、たくさんの色で輝いていたあの小さい頃を思い出した。
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