122人が本棚に入れています
本棚に追加
世界のはて。
ぷつん、とそこで世界は終わっていた。
空もなく、海は滝のように流れ落ちている。
いや、本当に大丈夫なんだろうな、これ。
魔導で造られた船は、現在の持ち主である私、相田つかさの意思によって動いている。
つまり、私が覚悟を決めないと、船は一ミリも進まない。
分かっている。分かってはいるが……。
「あれを見て、進めるかぁーっ!!」
何もない空間に向かって吠える。
死ぬぞ、あれは!
手のひらサイズのキジトラ猫が、私の肩に乗ったまま首を傾げた。
「りゅうたろう、今からでも引き返したらダメかなぁ……?」
ひらりと飛び降りたりゅうたろうは、着地する前に虎ほどの大きさに姿を変えた。
ふんふんと、世界のはての匂いをかいでいる。
その目はきらきらとして、猫らしい好奇心に満ちあふれた表情だ。
そうか、行くつもりなのか……。
いや、いいけどな。
ドラゴンちゃんが、りゅうたろうの隣に降りてきた。
ドラゴンちゃんは、身体の大きさを変えられるスキルをパートナーであるりゅうたろうから教わったらしく、今は柴犬サイズになっている。
以前は無限収納に入っていてもらったが、今は猫達と一緒にキャットハウスという空間で生活している。
「ピィー!」
「……!」
ドラゴンちゃんに答えるように、りゅうたろうが口をにゃーの形に開けた。
りゅうたろうは声を出して鳴く事はほとんどない。サイレントニャーと一部で言われている鳴きかたをする。
ドラゴンちゃんが、私を振り返った。
「コハクも行きたいのね……」
コハク、というのはドラゴンちゃんの名前だ。
名前を、ドラゴンちゃんにとうとう名前をつけてしまったのだ!
これで、完全にうちの子になってしまった……。
野生(?)に帰そうとしていたのだが、猫のご飯を気に入ってしまったコハクは、食事の時間になると帰ってくるようになってしまっていた。
テイムしているわけでもないのに、ドラゴンを連れて歩いているのは私くらいのものだろう。
いや、もしかしたら本人(本ドラゴン?)は、自分も猫のつもりでいるのかもしれない。
まぁ、うちの猫達は《竜殺し》と呼ばれているくらい、ドラゴンでも簡単に狩れてしまう力の持ち主なのだが。
この魔導の船も、猫達の魔力で動いている。
船の動力には高い魔力が必要で、おそらくうちの猫達以外なら命を賭けなくてはならないものだろう。
魔力を使っているはずの猫達は、いつもと同じようにキャットハウスでのんびりぐだぐだと過ごしている。
りゅうたろうは、半ば育児放棄されていたのを私が育てたので、常にべったりと一緒にいたがるのだ。
手のひらサイズになれるりゅうたろうは、普段は私の肩に乗っている。
自らの意思で虎サイズになったという事は。
ヤル気満々という事ですね、そうなんですね?
私は、行きたくないんだけどな。
「仕方ないか……」
海神様にも頼まれているしなぁ……。
しかし、魔王にかけられた呪いを解くって、どういう状況なのか。
うちにも魔王様がいるが、黙って呪われたりはしないと思うのだが。
まぁ、うちの魔王様を呪ったりしたら、世界が三回ほど滅ぶだろうけどな!
私は、滝のように流れ落ちる海の終わりを見て、何度めかのため息をついた。
やっぱり、行くしかないよな……。
えーい、女は度胸! 猫は愛嬌!
行ってやらぁ!!
「りゅうたろう、コハク。行くよ!」
魔導の船が、世界のはてに向かって進み出した。
もう引き返せない。
滝のように流れ落ちる海の終わりに入ると、船は一瞬垂直になった。
「ぎゃーっ!」
落ちる! 死ぬ!!
だが。
くるりん、と世界がひっくり返った。
目の前に広がっているのは、穏やかな海だ。
背後を振り返ると、そこでぷつんと世界は終わっていた。
やはり、海が滝のように流れ落ちている。
どうやら、無事に裏世界と呼ばれるもう一つの世界に入れたらしい。
最初のコメントを投稿しよう!