もう一つの世界。

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もう一つの世界。

「裏世界、ですか?」 海神様の言葉に、私は首を傾げた。 どうやら、この世界は丸いガラスのような球体の中にまっ平らな世界が浮いているらしい。 真ん中に今私達がいる大陸があり、その周りに小さな島々があるだけで、あとは海が広がっているのだそうだ。 そして。 その真裏にもう一つの世界があるらしい。 便宜上、今いるこちら側を表世界、もう一つを裏世界と呼んでいるのだそうだ。 もっとも、それを知っているのは神様達だけで、普通の人達は自分達のいる場所以外に世界がある事など知らないらしい。 文字通り、世界のはてまで行けば海の終わりで繋がってはいるとの事だが。 「命がけのフリーフォールなんて聞いてませんでしたよ、海神様……」 帰ったら、一回しめよう。海神様、覚悟しておいてくださいね? 裏世界の海も、あちら側と大差はない。 ただし、こちら側には神様が干渉しづらいらしく、海神様と、異なる世界ですら行き来できる猫神であるミーコさん以外の存在は裏世界では知られていないらしい。 つまり、何かあっても神様達の助けが得られる事はないのだ。 うむ、うちの猫達がうっかり世界を滅ぼしたりしないように、(一応)テイマーである私が十分に気をつけなくてはな! 「みんな、出ておいで」 キャットハウスから、猫達を呼び出す。 とりあえず、裏世界に来たのだから見せておいた方がいいだろう。 あちらで事故にあって転生した私と一緒に来たのに、勝手に異世界に飛び出して好き放題していた猫達が、裏世界に来たくらいでビビるわけはないだろうけどな! 案の定、猫達はふんふんと潮の香りをかぎ、マストをかけ登り、完全にリラックスモードだ。 こら! 甲板で爪をとぐな! 「にゃあ!」 丸顔の黒い猫が、鋭い声で鳴いた。 「せり、何かきた?」 せりのスキルは「気配察知」「隠密」「召喚魔法」だ。 せりは耳を伏せたイカミミ状態で、前方の海を睨み付けている。 うーん、私には何も見えないけどなぁ……。 コハクとりゅうたろうに、見てきてもらうか? そう思っていると、不意に不思議な旋律の歌声が聞こえてきた。 「綺麗な声……」 うっとりとするような歌声に、心の奥底から強い衝動が沸き上がる。 行かなくては! あそこに、歌の近くに! 海の底へ!! 「うなぁぁぁおぅぅぅ!」 歌を打ち消すような恐ろしいうなり声が聞こえ、私ははっと我に返った。 くぅが、うちの魔王様が牙をむき出してうなっている。 女の子とは思えないがっちりとした体型の黒猫で、普段は静かだがキレるとほかの猫達は目を合わせる事すら避けるほどだ。 スキルは「火魔法」「土魔法」「水魔法」「剣魔法」「複合魔法」「威圧」「物理無効」「魔法無効」。 最初は、どこの無双系主人公だよ! と突っ込んだが、その正体は世界を百回ほど滅ぼせそうな魔王様だった。 実際、あちらの世界を数回滅ぼしそうになったが。 うん、まぁ、猫のする事だしな。仕方ない。 「ううぅぅ……!」 くぅが海の中にいる何かに向かってうなっている。 んー? 海、歌声、人を惑わせる。 この特徴から考えられるのは、アレだろうな。 せりにクラーケンを召喚してもらうかな。 くぅだとやり過ぎるしねぇ……。 再び、不思議な旋律の歌声が聞こえてきた。 ダメだ、聞くな! 分かっているのに、どうしようもなくその歌声に惹き付けられる。 行かなくては。 あそこに、歌の近くに。 海の底へ。 あの歌を聴けるなら、命などいらない。 「…………」 って、ふざけるなぁぁぁ!! 猫以外の事で、命を賭けてたまるか! 筋金入りの猫バカだぞ、私は! なんていったって、隠しスキル「猫バカ∞」なのだから。 隠れてないけどな!
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