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「あ、オレは出ます。帰ります」
慌てて腰を上げようとするオレの肩を彼は川へ押し戻した。
「将宗くん、大丈夫?」
高橋さんの腕がオレの方に向かって伸びてきた。それを払いのけながら発した言葉「大丈夫に決まってま……」は途切れ、オレの腕が掴まれた。撮影の間は決して捉えることのなかったオレの唇に彼の唇がまっすぐに触れてきた。逃げようと試みるけれど腕の自由が利かないため思ったほど動けず鼻に水が入りそうになる。
やめ……て……
川の水で冷めたはずのオレが、また、変になっていく。この月のせいかもしれないとぼんやりと思う。気が遠くなりかけた頃、高橋さんの唇が離れ、オレの右耳にやさしい声が届いた。
えっ?
我に返ったオレは立ち上がり、高橋さんを川に残して、雲間の月明かりを頼りに服を着る。そして自転車を引いて土堤を駆け上がった。振り返ることなく……。
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