起章 ~春過、暁を知らず~

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起章 ~春過、暁を知らず~

  ・孤独な私、疎外な彼  始業式、もとい彼と出会ってから早一か月。  いつの間にかクラス内で仲の良いグループというものが暗黙の了解の如く作られていた。  勿論遊び、とかに興味のない私は周りになじめるわけもなく。  ただ黙々と、物語を紡ぐばかりだ。それもただ一人で。  今日は珍しくこれといった授業はない。せいぜい復習用のプリントを解く程度だ。  何故そんな状況が許されているのかといえば……。 「それじゃあ、この先は村咲委員長に話を進めてもらいましょうかね」 「わかりました。それでは……春の大きな行事である、全学年交流祭について話し合っていきましょう!」  村咲委員長の声にクラスの陽キャが雄叫びまがいの叫び声をあげ、その熱気に負け周りの生徒も小さくオー、とだけ言う。  ……尤も、私は我関せずを貫いていたのだが。  それにしても、全学年交流祭、か。と、頭の中でそれについての記憶をたどる。  この学園で行われる行事の中では最近始まった行事だ。数年前の先輩が後輩と交流をする機会が欲しいと学長に直談判しにいったことが行事の発端だ。  意外にも人気な行事で、毎年欠かさず行われているらしい。  また、いい部活勧誘のタイミングというのも人気の理由だろう。 「まず、数個の班に分けたいと思います。各自一緒になりたい人と一度組んでみてください。目安は一班に4人ほどです」 「……え?」  委員長の言葉に私は一度耳を疑った。  え、各自自由に班を作る?  今の今までクラスの人たちと交流を持つことがなかったため班決めであまりものになるのは必然だった。  こちらとしては私だけ一人の班であっても正直さほど問題はないのだが、形式上でもペアはいた方が見かけがいい。  正直、行事でぼっちは寂しいし。  そう葛藤している間にもクラスのみんなは徐々にグループを作り、他の者を寄せ付けぬ要塞となりつつあった。  どうやら私は独りぼっちで行事を過ごすことが確約したようだ。  そう思っていたのだが、 「あ、あの……」 「ん、どうしたの?」  一人でいることを決意した私にか細く声をかけてきた子が一名。  勿論名前は憶えていない。全く、失礼な話だ。  ……一人でボケるの虚しいなぁ。 「よければ、私と班になってくれませんか……」  予期せぬ誘い。多分この子も私と同じく我関せずを一貫してきた人種なのだろう。  私はつい親近感を沸かせてしまった。自分と似ているから故だろうか。 「私でよければ全然いいよ?私は優月 満喜(ゆづき みつき)。よろしくね」 「は、はい。こちらこそ。私は藤原 弥生(ふじわら やよい)です」  相互自己紹介を軽く交わし、私が委員長に班が決まったことを伝えようとした、その時。 「ちょっと待ってっ!」 「な、なにっ?」  突然進行経路を妨害してくる女子が飛び込んできた。元気といえばいいのか甚だ迷惑と言えばいいのか……。 「わ……アタシもグループに入れてほしいのさ。別にいいでしょ?」 「急だなぁ……。私は別にグループに入ってもいいけど、弥生さんは大丈夫?」 「へ?ま、まぁ大丈夫です」 「ならいっか。で、貴方は……」 「アタシは岡崎 巡花(おかさき じゅんか)。よろしくっ」  私の神経を軽々とごっそり持っていきそうな人をグループに入れてしまったな、と少し後悔する。  私と弥生さん、加えて巡花の名前も加えて私の班を伝えておいた。  委員長、私に班ができたのを理解したん瞬間驚愕してたけどもしかしなくとも私に班づくりできないと思われてた?  ……実際そうだから何も反論はできないんだけど。  班決めも佳境に差し掛かり、少しづついつもの閑静さを取り戻しつつあった頃。  コンコンッ  扉をノックする木の乾いた音が響いた。そして「失礼します」という言葉の後に開かれた扉の前にいたのは、私にとって想定外の人だった。 「交流祭で使われるパンフレットと、出し物の最終決定用紙を渡しに来ました」 「あっ、有難うございます」 「……あの時の、彼?」  あの万事休すの時、私が見上げた顔と何一つ違わなかった。  委員長に配布物を渡した後、役目を終えたから教室から出ていった彼を私はなぜか追いかけていた。 「あ、ちょ、優月さん?」  止めようとする委員長を振り切り、彼の下へ走る。 「あ、あのっ」  そう私が声をかけると、彼はこちらを振り向く。そして驚いた表情を浮かべる。 「君は、少し前の僕が脱走の手助けした」 「あの時はありがとう。ちゃんとお礼言えてなかったし、どこかで言う機会が欲しかったんだよね」 「そうなんだ……。あ、そういえば」  やっと探していた人に会えたことで少し心を躍らせていた私とは違い、彼は何かを思い出したような反応を示した。 「君の名前って、なんだっけ」 「私は優月満喜。貴方は?」 「僕は」葉月 奏磨(はづき そうま)。これからよろしく」 「え、うん。よろしく」  それだけ言って、彼……もとい葉月は次の教室へ向かっていった。  私は葉月と出会えた、ということだけで少し浮かれ気味だった。 「どこ行ってたんですか、今ただでさえ人手が少ないのに。全く」 「ごめんごめん。それで、人手?」  教室に戻るなり、私は弥生さんと巡花は果てしなく忙しい様子で動き回っていた。 「各班ごとに象徴するポスターを描くことになったんだよ。しかも下手ならどれだけ時間が掛かっていようと破り捨てるって話らしい」 「なるほどね……それで、今は何を描いてるところ?」  そう問うと、二人とも息をそろえて 「「優月」さんです」 「……さいですか」  言われなければ何かわからない様子の絵。これではほぼ確実に描いては捨てられて、その後また絵を描いて、捨てられ……の鼬ごっこが繰り広げられるだろう。 「はぁ……。全く、私に筆を貸して。今日中に終わらせる」 「え、そんなこと可能なんです?少しでも手を抜いてると思われたら……」 「つまり、?なら任せて」  私は二人に道具の一切を用意してもらい、早速作業に取り掛かった……。  終業の声。  教室中でどよめきが起こる。どうやら皆終わってないようだ。 「それでは完成し次第私の下へ持ってくるように」  そう言った瞬間、私は即座にしびれかけた足で立ち上がり、委員長の下へ持っていく。 「もう終わったのですか……?」 「はい。勿論デザインにもこだわってるので雑に作業したわけじゃないですよ?」  委員長は私の作品に粗がないかを入念に見ている様子。さすがにここまで早く完成すると手抜きを疑われるか。 「……まあ、大丈夫そうですね。預かっておきます」 「わかりました」  どうやら気づかれなかったようだ。  ばれない手抜きの仕方。いちいち絵具の色を変えるためだけに筆を洗うのが面倒くさいから大量の筆を持ってきてもらうなんてやり方非効率の極みだから誰もしないだろうなぁ……。 「破り捨てられなくてよかったです」 「ほんとだよ。優月が手抜きする宣言しだしたからこっちは気が気じゃなかったんだからさ」 「それに関しては弁明の余地もないけど……。結果良かったんだからいでしょ?」  そう言うと二人して大きくため息を吐いた。  なんで?  ふっ、と先ほど再開した葉月のことを頭に浮かべる。  たった一人で彼はここに来ていた。そう、たった一人で。  もしかしたら他学年の仕事を他の人が請け負っていて彼が偶然一人だったかもしれないが、もし?  ……もしかしたら、彼は私と同じ孤独の人間なのかもしれない。
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