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♡♡♡
翌日、9時に起きた僕は、
母親の作った朝食を摂り、
髪をセットし、身支度を整えた。
『おはよう。これから岸野んちに行くよ』
岸野にメッセージを送り、自転車で向かう。
途中のコンビニで差し入れのペットボトル
飲料を買い、岸野の家に着いたのは、
10時過ぎだった。
「おはよう。上がって」
長年父親が単身赴任していて、常に不在。
母親は看護師で夜勤が多いという家庭環境で
育った岸野は、
子供の頃から家事をこなしていたらしく、
今朝もリビングはキレイに整頓されている。
「母親が夜勤明けで寝てるから、静かにね」
「うん」
ソファに腰掛け、
キッチンでクッキーを用意する岸野を待つ。
「飲み物、ありがとう」
岸野に空のカップを差し出され、
買ってきたペットボトル飲料を注いだ。
「コーヒーなら、淹れたのに」
「お構いなく。では、いただきます」
薄焼きのクッキーをつまみ、口にした。
「うまい。ジンジャーが効いてるね」
「良かった。口にあって」
微笑む岸野にそっとときめきながら、
コーヒーを飲む。
「佐橋は、何時までいたの」
「20時くらい?昼に来て夕飯食べて帰った」
「そうか」
「佐橋くんね、クッキーを作って、彼女に
クリスマスにプレゼントしたいんだって」
「ああ、それで岸野が教えたのか」
「うん。何か健気でかわいいよね」
お前の方が、よっぽどかわいいよ。
心の中で思い、またクッキーをつまんだ。
「川瀬」
「何」
「クリスマスイブって、どんな予定?」
「え」
意外な岸野の言葉に、驚いた。
「予定ある?バイトとか」
「いや、ない。空いてるよ」
「料理作るから2人で一緒に過ごさない?」
「あ、はい」
誘う前に、誘われてしまった。
嬉しい展開に、口元が緩む。
「良かった。料理、楽しみにしてて」
「ありがとう。よろしく」
岸野と微笑み合いながら、
これで告白の準備が整ったと思った。
「なあ。今日はこの後、どんな予定?」
思うことがあり、岸野に問いかけた。
「暇だよ。バイトないし」
「じゃあ、買い物に付き合ってくれない?」
「いいよ。何を買うの?」
「父親に、プレゼントをね」
「えっ、川瀬にそっくりなお父さん?」
「うん。マフラーを贈りたい」
「喜んで付き合うよ」
「クッキー持ち帰ってもいい?」
「もちろん。今、袋に入れるね」
贈る相手は、岸野に決まっている。
徹底的に試着させて、選んでもらうかと
ほくそ笑んだ。
立ち上がり、
キッチンに向かう岸野の背中を見ながら、
岸野に合うマフラーの色を想像した。
電車に乗り、数駅。
繁華街にあるデパートに着いた僕たちは、
エレベーターで
紳士ブランドのショップの階に降り立った。
「時期柄、マフラーはあるだろうね。
ブランドはもう決まってるの?」
そう岸野に訊かれ、いや‥‥と首を振る。
「岸野は、好きなブランドある?」
「特にないよ。いいのが見つかるといいね」
「そうだな」
「あ」
フロアを一周し、
あるショップの入口に飾られていた
マフラーを見た岸野が、短く声を上げた。
「あれ、キレイだね。紫がかった青」
「よし、試着だ。岸野、頼むな」
「え?僕?」
ぐいっと岸野の腕を引っ張り、
ショップに入った。
店員から目の前に差し出された実物を
手にした岸野は、キラキラと目を輝かせた。
「すごい。肌触りもいいよ」
「巻いてやるよ」
そう言って、
172センチの岸野の首に緩やかに巻くと、
岸野は花のような笑顔を見せた。
「僕なら、絶対にこれを選ぶよ」
「お気に召したようで。じゃあこれで」
「うわ、7000円もするの?手が出ないよ」
マフラーの値札を見て呟いた岸野を横目に、
僕は店員に会計をお願いした。
「お父さん、気に入ってくれるといいね」
「大丈夫だろ。それよりラッピング、
無料だって。リボン、何色がいいかな」
「やっぱり、青かなあ」
「オッケー。袋が黒だから、何でも合うな」
クリスマスプレゼントも用意できたし、
あとは告白だけだ。
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