透明色な月の影

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透明色な月の影

「──…新入生代表、望月(もちづき) (とおる)」 マイク越しにその名が刻まれると、スッとしなやかに立ち上がったその姿が大衆の目に触れる。途端、開放的な体育館に窓ガラスが割れんばかりの大きな歓声が響いた。 僅かに開いた唇の隙間から掠れた感嘆な声が漏れる。 平均身長ながら恵まれたその華奢なスタイルに、サラリと靡く柔らかな亜麻色の髪といやでも人の目を惹くやけに甘い顔立ち。 一瞬で多くの目を奪った彼は黄色い歓声を背に振り返れば、澄んだ空色の瞳を甘く細めるとふわりと口許に笑みを浮かべた。 その姿はまさにお姫様を前に微笑む童話の王子様のようで、そばにいた生徒がほぅ…とうっとりするように吐息を漏らす気配を感じた。 それから立て続けに続いた数々の大きな音をあの笑みにやられた生徒が倒れた音だろうな、と心内で呟きながらその姿をしっかりと目に焼きつけるために顔を上げる。 望月 透。 彼は堂々とした佇まいで舞台に上がると、その甘い顔の上に柔らかな微笑みをのせて口を開いた。 「──春の息吹が感じられる今日、私たちは…」 ありがちな文章も彼の破壊力のある容姿パワーと耳障りのいい声ゆえにまるでどこかの貴族様の言葉に聞こえた。 現に、彼の虜と化した多くの生徒たちが彼の言葉にうっとりと恍惚とした表情を浮かべては、「王子様…」と吐息を漏らすように呟いている。 それにしても。 あの容姿にこれ以上ないほど相応な呼び名だとは思うが、先程から生徒たちの口から言い慣れたように出てくるのが不思議でならない。男子校ってなんだっけ。 加えてこの周囲の反応に一切物怖じしない彼の態度。 「もしかしてあだ名だったり…」 「おや、キミは新入り(・・・)かい?」 「!」 はっと隣を見れば、深緑色のメガネをくいっと人差し指であげるインテリイケメンがこちらを不思議そうに見つめていた。 新入り。その言葉の違和感に思わず首を傾げる。 「えっと、新入りって…あんたもっすよね?」 「あはは、そうだったね。僕ってば脳がない」 「いやそこまで言ってないっすけど…」 「実は僕の言う新入りというのは外部生かどうかという話なんだ。簡単だろう?」 「は、はあ…それなら俺はあんたの言う新入りですけど」 やっぱり。 そう笑った彼は、手を差し出してきては御手洗(みたらい) 駿介(しゅんすけ)と名乗り、続いて舞台上の彼とはクラスメイトになる予定だとなんとも気味の悪いセリフを口にする。 思わぬ電波系イケメンの登場に顔が引き攣るのを感じながら恐る恐る握手に応じた。 「……八月一日(ほずみ) ゆた、っす」 「ホズミ…ああ、八月一日くんか。その敬語は外してくれて構わないよ、僕のことも好きに呼んでくれ」 「…………み、御手洗?」 「それでいい。よろしくね、八月一日くん」 「はあ…」 うん、これは良い1年になりそうだ。 そう小さく呟いた御手洗がふっと微笑んだ瞬間、再び体育館には地響きするほどの大きな歓声が訪れた。 どうやら新入生代表の挨拶が終わったらしく、舞台上ではあの王子様が穏やかな笑みを浮かべてはゆっくりとお手本のようなお辞儀をしてみせていた。 その姿はまさに国民の前で優雅にお辞儀をする王子様のようで。 おぉ…きれぇ、これはたしかに王子様だ。 そうして御手洗に躱された挙句、気付けば舞台上の彼に憧憬の目を向けながら響き渡る大衆の拍手に負けんばかりに手を叩いていた俺は、結局俺も大衆とはなんら変わらないのだと自覚するほかなかった。 そんな、なんとも濃い入学式から時は過ぎ──。 *
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