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泥のように眠るという言葉の意味を、真南人は今しみじみと実感している。中国の想像上の南海の虫、泥(デイ)がだらっと横たわる姿と、きっと今の自分は同じなのだろう。心も体もどろどろに蕩けてしまったようになり、この広々としたベッドと一体化しているのだから……。
ベッド?
真南人は、重たいまぶたを擦りながら何とか目を開けると、自分が大きいベッドの上にいることに気づいた。寝室らしい部屋は異様に広く、白いカーテンが開け放たれた窓の先には、赤い夕焼けが海の上で燃えるように棚引いている。
真南人は頭がぼーっとしていて、自分の今の状況を瞬時に把握することができなかった。
自分は何故ここで寝ているのか。
多分自分は、夏川の別荘に勝手に入り込み、夏川の不在に落胆したあまり、思わずソファーに倒れ込んでしまった気がする。そして、徹夜でテスト勉強をしたせいで疲弊した自分の体は、全く睡魔に勝てず、そのまま眠り込んでしまった……。
そこまで思い出すと、真南人は自分がボクサーパンツ一枚でいることに気づき、慌てて跳ね起きた。
焦った真南人は、とにかく自分の着ていた服を探そうと辺りを見渡したが、ベッドの上には自分が今慌ててひん剥いた肌掛けが一枚あるだけで、どこにも見当たらない。
その時、寝室の奥の方から、シャワー音らしき物音が聞こえてくるのに気づいた。真南人はじわりじわりとこの状況を理解していくと、喜びと期待と不安とが一色淡となって真南人を襲い、心臓を狂おしいほど暴れさせ始める。
真南人は全身を炎のように真っ赤にさせると、恥ずかしさの余り肌掛けを頭から被り、まるで猫のようにベッドの上で丸まった。
パタンとドアか何かが閉まる音がした。真南人はその音にびくっと体を震わせると、息を詰めた。耳を澄ますと、ゆっくりと近づいて来る人の気配に、真南人の体は緊張で汗が滲み始める。
「……起きてるの?」
聞き覚えのある優しい声に、真南人は思わず悲鳴を上げそうになった。
近くにいる。愛しくて、愛しくてたまらない人が、今、自分のすぐ横にいる。
「真南人君? 大丈夫?」
その人物は、真南人の肩に手を乗せると、不安げに揺さぶった。そして、添い寝でもするようにするりと真南人の脇に寝転ぶと、後ろから抱きしめるように、真南人が頭からすっぽり被っている肌掛けを、そっと剥いだ。
「やっと会えた。真南人君。会いたかった。すごく会いたかったよ」
熱い吐息と共に、夏川は真南人の耳元にそう囁いた。
真南人は、粟立つ首筋を竦めながらゆっくりと振り返ると、そこには、あの時と何も変わらない夏川の美しい顔が、真南人をじっと見つめていた。
「僕の方が会いたかったです。夏川さん!」
真南人は溢れそうになる涙を見られるのが恥ずかしくて、夏川の首に腕を回すと、胸元に顔を埋めた。
「夏川さんはもうここには来ないんじゃないかと思って、怖くて、不安で……でも、信じたくて」
「来ないわけないじゃん。それどころか俺はもう昨日からここにいるんだよ」
「え?! そうなんですか?」
真南人は驚いて顔を上げると、夏川を見つめた。
「そうだよ。だから今日は真南人君を朝からずっと待ってたんだよ。でも、真南人君なかなか来てくれないからさ、だんだん死んじゃいたいほど不安になってきちゃって、もう何も考えたくないから、海に飛び込んでただひたすら泳いでた」
「海? じゃあ夏川さんはずっと海にいたんですか?」
「うん。くたくたになって別荘に戻ってみたら、ソファーの上で真南人君が無防備に寝てるじゃないか。汗だくで。もう、びっくりだし、すごく嬉しいし。それに何より……めちゃくちゃ興奮した」
「え?」
「だって真南人君が、すごいいい男になってるから」
「夏川さん……」
「会えない時間が君をこんなにも変えたんだね?」
夏川は真南人の頬を優しく撫でると、熱のこもった目でそう言った。
「僕はずっと夏川さんと繋がってたんです。会えない時間ずっと」
「うん。分かってるよ」
「だから、頑張れたんです……今日まで、必死に」
「同じだよ。真南人君。俺も君を一日も忘れたことなかったよ」
「嬉しい。今、本当に幸せです……好きです。夏川さん」
まるで、その言葉を合図のように、ゆっくりと近づいてくる夏川の唇を、真南人は逸る気持ちで受け止めた。優しく吸い付くように這う桜色の唇に、真南人の脳髄はじわじわと蕩け始める。
「と、ところで、何で僕裸なんですか?」
夏川のキスに惚けながら真南人は尋ねた。
「汗びっしょりで可愛そうだったから脱がしたんだよ。でも、すごくドキドキしたなあ。真南人君がセクシー過ぎて」
「……へ、変なことしませでしたか?」
「してないよ。今からはするけど」
腰にタオルを巻いただけの夏川は、妖艶な色気を振りまきながら、妖しく真南人に微笑んだ。
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