妻への抒情詩とマンデリン

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「あなた誰よ。警察を呼ぶわよ」  テレビのリモコンが壁にあたり、床に転がる音とともに俺への罵声が聞こえる。 コントロールが悪いお陰で直接当たることはないが、なかなか心臓に悪い。 「早く出ていって。勝手にうちに入ってこないでよ」  くそ、今日はいつもよりひどいな。早く落ち着いてくれないかな。 「誰か、助けて。早く警察を呼んで」  今度は湯呑みかよ。あれはあたったらちょっとした大怪我になりそうだな。  投げられた湯呑みが俺の近くの壁に当たり、割れた破片が俺の頬を掠める。 「つっ」  頬を手で触るとヌルッとした生温かい感触がある。血が出たか。  結構深かったのか。血が滴ってくるのがわかる。ちくしょう、縫わなくて済めばいいけれどな。 「大丈夫ですか、間宮さん」  今の湯呑みが割れた音に驚いて、介護士さんが部屋まで様子を見にきた。  これ以上ここにいても、迷惑をかけてしまうだけかもな。 「はい、大丈夫です。すいません、今日はこれで帰ります」 「いつもは大人しく過ごされているので、安心して下さいね」  いつもは大人しい……って事は、今日がいつもと違って騒がしいということだよな。今日が特別に騒がしいということだよな。  事務室で頬の傷の応急手当てを受けて、俺は施設を後にした。
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