妻への抒情詩とマンデリン

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 施設の外に出ると、冬の乾いた空気が一気に襲ってきて、寒さと頬の傷の痛さとで思わず顔をしかめてしまう。ジャンバーの襟を立て、少しでも寒さを防ごうと体を小さくしながら家路を急いでいるがとにかく寒い。クリスマスのイルミネーションやクリスマスソングも、冬を連想させすぎて寒さに拍車をかけているようで憎らしく感じてしまう。  "いつもは大人しい"、先ほどの介護士さんの言葉が頭の中でリフレインしている。分かってるよ、俺が行った時だけああなるんだろ。そんなことは分かってるよ。 「クソっ」  寒いし、せっかく顔見に行ったのに怪我するし、ついてない日だな。あっ、クソっ、これ渡し忘れちまった。  ポケットの中にある小さな箱の感触。これは喜んでくれるかもって少し期待をしていたんだけど、ポケットから取り出すことすらできなかったな。 「んっ、こんなとこにこんな店あったか?」  何回か通ったことのある道だが、こんなレンガ作りの建物は知らない。  shemur、しぇむあ?、しぇむーる?、なんて読むんだ。 あっ、珈琲の香り。寒いし、このまま家に帰っても何もないから、ここで珈琲でも飲んで温まってから帰るか。  ドアを引くとカランカランカランとベルのような音が鳴り響く。冬の澄んだ空気の影響か少し耳にうるさく感じた。 「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」  執事の様な服装を着た老人って言っても俺と同い年くらいの男性が、カウンターの中から声を掛けてきた。
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