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追ってこない君
「ね、キッカ、今日泊まっていきなよ。一緒にご飯食べよ?」
秋の学祭も近づいた頃。勇気を出して練習後に声を掛けた。つきあうようになったものの、二か月経っても僕とキッカの仲は一向に発展しない。
簡単に手を出させない雰囲気があって、それが彼女の魅力でもあったけれど、二人でいても全く甘い雰囲気にならないことにジリジリしている僕がいるのも確かだった。
ヤスユキ先輩に初めて質問した時の、あの恥じらうような表情。僕の前では一度も見せたことが無い。
「あ……えっと今日は田舎のおばあちゃんが来てるんだ! 言ってなかったっけ?」
「……聞いてない」
「あー、ゴメン、トモ!」
こんな時だけ可愛く手を合わせてくるなんてズルいよ。
「あのさ……」
キッカの腕を掴もうとすると、彼女はひらりとかわして避けた。
「逃げないで、キッカ」
「逃げてない……」
追う僕と逃げるキッカ。この時の僕たちは周りから見たら踊ってるようにしか見えなかっただろう。
「あれ? お前たち演目変えるの?」
練習部屋に入ってきた同じダンス専攻の友達が声を掛けてきた。僕は諦めてキッカを追うのをやめた。
「……色々新しいやり方はないかって試してみてるとこ」
「お前たちなら踊れるからやれることが広がるよな。学祭楽しみにしてる。さーて、俺も練習しよっと」
友達はストレッチを始めた。
「キッカ、お疲れ様」
僕は少し離れた場所にいるキッカに声を掛けて、一人で練習部屋を出た。
キッカは、僕を追ってこなかった。
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