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ずぶ濡れのユウヒ
その日の夜。夕方から雨が降ってきて、大雨に変わった。
何だか僕の気持ちみたいだな。そう思いながらシャワーを浴びて上がったところだった。二十時半。今日は気持ちが冴えないし早めに寝よう。
Tシャツを被って、ちょっと寒いかな、なんて思っていた時に、インターホンが鳴った。
誰だろう?
もしかしたら、キッカ?
そう思いながら髪を拭きつつ扉を開けた。
「……トモぉ……」
立っていたのは、雨に打たれずぶ濡れのユウヒだった。
「ユウヒ! どうした⁈」
「もう私、頑張れない……」
倒れるようにしゃがみ込むユウヒを掴まえて支える。
「部屋、入って」
高校の時も太ってなかったけど、随分華奢になってる。アイドルは過酷なダイエットをするって言うけどホントなのかもしれない。
「トモ、ごめんね急に……!」
力無く泣き出すユウヒをバスタオルでくるんで、ベッドを背に座らせた。
「紅茶でいい?」
「ありがと、トモ……」
マグカップを持つ手が震えている。ユウヒが普通の状態じゃないのは明らかだった。側にいた方がいい気がして、隣に座った。
「……何があったの?」
膝を立て体操座りをして小さくなっているユウヒに話しかけた。
「……っ……私、歌いたいだけなのに……」
ユウヒは言葉を詰まらせながら話した。今回のプロデューサーの一人に話があると食事に誘われ、行ったら最後にホテルの鍵を出されたという。
「断ったらどうなるか分かってるな、って言われて……」
どこかで聞いたことのあるようなテンプレの話。ユウヒの立場からしたら断れる筈もない。
「酷い話だね。行ったの?」
僕はムカついていた。権力を笠に着て友達を好きにしようとする男に腹が立った。
ユウヒが小さくうなずく。
「我慢しようとしたけど、もう耐えられなくて……その人がシャワー浴びてる間に逃げてきた……」
何かザラザラした感触が自分の中で膨らむ。これは何だろう? 自分のものを取られたようですごく気分が悪い。
「ねぇ、"もう"って何度目だったの? そいつと寝たの?」
思わず低い声で、彼女の肩を掴み問いただしてしまった。
僕はユウヒの彼氏じゃない。僕にはキッカという彼女がいる。だけどキッカがヤスユキ先輩に顔を赤らめた時より、今日泊まりに誘ったのを断られた時よりショックが大きくて、感情を制御できない。
答えることができない彼女に質問を重ねる。
「ユウヒ、今まで彼氏はいたの?」
泣きながら首を横に降る。
「そんな、暇、ない……」
「じゃあ、歌のために今までそういう奴らと寝たの?」
ユウヒは顔を歪めて泣き出した。
「そうだよ、私、歌いたいんだもん……! 歌いたかったの……!」
そこまで言わせて、僕はユウヒに酷い事をしたと気づいた。もし僕が踊れなくしてやると脅されたら、身体で済むなら差し出すかもしれない。
「ごめん、ユウヒ……!」
そう頭では解っているのに、心の中のザラザラした感触は止まない。顔も知らないおっさん達にユウヒが抱かれたかと思うとおかしくなりそうだった。
ミルクティーみたいな色に染められた肩まで伸びた髪。髪に指を通し顔をこちらに向かせる。リップの色が落ちかけた唇を見た時に、僕は自分の気持ちをハッキリと知った。
僕はその男に嫉妬している。
そいつにキスされたから、口紅が落ちてるの?
僕は、ユウヒは自分のものだと、ずっと思っていた事に気付いた。離れていたのに、ずっと。こんなことに気付かずに僕はキッカを好きだと思っていたなんて。
「初めては俺にしとけば良かったのに……」
冗談めかして言ったつもりだったけど、もう余裕なんてなかった。
「トモ……」
ユウヒも笑おうとしたけど上手くいってなくて、僕は彼女の涙をそっとタオルを当てて吸い取ると、深く長いキスをした。
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