忘れもの

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翌日の放課後、部活をしていない俺は友達と適当に教室で話し込み、生徒がある程度減ってきたら、頃合いを見て課題の提出を忘れていたと言って友達と別れを告げる。 いつものように数学準備室を訪れ、ノックをしようと構えたところで手を止めた。 中から話し声が聞こえてきたからだ。 「先生彼女いないの?」 誰かは分からないが、女子生徒の声だった。 どうやら先客がいたらしい。 先生を独り占めできる唯一の時間だが、同じように用事がある生徒が訪れることは不思議なことではない。 それでも、邪魔されたという嫉妬が芽生えるのは止められない。 「そんなこと聞いてどうするんだよ。どうだっていいだろ」 「だって先生カッコいいしさ、先生好きな子結構多いんだよ? やっぱり気になるじゃん」 「俺は高校生のガキに興味はない。ほら用事が済んだなら帰れよ。俺は忙しい」 「えー、冷たくなーい? ねぇ、じゃあ好きな人は? いないの?」 「同じことだろ。俺に好きな人がいようがいまいがお前らには関係ないだろ」 「モチベーションになるじゃん。実際どうなの? あの子可愛いなとか思ったりするの?」 「するわけないだろ。俺にとって生徒は生徒だ。逆にそんな目で見てたらヤバイだろ。最悪セクハラで捕まるぞ」 「先生ならかっこいいからいいよ。ねぇ私はどれくらいあり?」 「人の話聞いてたか? 生徒は生徒だしガキに興味はないって。いいから帰れよ。そんな短いスカートで暗い中帰る方が危ないから。今すぐ帰るか、残って正規の長さに戻して帰るか今すぐ選べ」 「無理無理。あんなダサい長さ履けないよ。もう帰る。また分からないところ教えてね」 「分かったよ。気を付けて帰れよ」 盗み聞きをするつもりはなかったが、先生の恋愛話がつい気になって俺はそこで立ち聞きしてしまっていた。 女子生徒の帰る気配に慌てて階段の方へと逃げ込む。 数学準備室が階段を上がった直ぐ右手の部屋で助かった。 危うく鉢合わせするところだった。 ただ、数学準備室から出てきた生徒は当然階段を下りるわけで、俺はそこでその子と鉢合わせすることになる。 「あれ、(すぐる)じゃん。そういえば課題忘れたって言ってたっけ」 その子は同じクラスの花井澪だった。 学年の中でも上位に入る美人で、すらりとした細長い足は同性から羨ましがられ、異性からはエロいと度々話題に上がる子だ。 特別親しいわけではないが、タイミングが合えば普通に話をするぐらいの仲である。 「そう、危うくまた忘れるとこだった。花井はどうしたの?」 「相沢先生に分からないとこ教えてもらってた。ほら、私真面目だし?」 「どの口が言ってんだよ。俺と一緒で赤点常習犯のくせに」 「バレた? 本当は先生に会いに行ってた。相手にされなかったけど。じゃあ私帰るから。ばいばーい」 「ばいばい」 あっけらかんとした花井は別れを告げ、軽快に階段を下っていく。 異性であれば、例え相手が先生であってもあれだけ堂々と出来る。 そのことが少なからず羨ましく思えた。 俺はこの気持ちを誰にも悟られてはならない。 バレた日には、待ち受けているのは嫌悪の目と軽蔑。 もう二度と先生と話をすることも出来なくなる。 それに、先生に軽蔑されることが俺にとっては一番怖いことだった。 だから、この気持ちをバレるわけにはいかない。
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