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忘れもの
「先生ごめん、また忘れちゃった」
「向坂、お前わざとだろ。なんで毎度毎度忘れるんだ」
「課題が先生に会いたくなくて逃げてるのかも。昨日確認したはずだし。明日持っていくから許して」
「確認したはずは確認してないんだよ。ちゃんと確認をしろ。明日忘れたらもう受け取らないからな」
「ありがとう先生。だーいすき」
「そんなので許されると思うなよ。皆も確認は怠るなよ」
数学教師である相沢先生の言葉に、教室内のあちこちから間の伸びた返事が返ってくる。
相沢先生はこの学校で一番若く、すらりとした高身長と親しみやすさから皆から人気のある先生だ。
俺も例外ではなく相沢先生が好きだし、先ほどのように親しいやり取りをよくしている。
そして授業は終わり、教室を出ていく先生の後を追いかけ、廊下で先生の隣に並んだ。
「先生明日何時までいる?」
「最低でも17時までいるけど、課題ならもっと早くに持って来いよ」
「えー、放課後持っていくよ。17時までには行く。準備室にいるでしょ?」
「毎度放課後に来るな。放課後以外は職員室にいるって言ってるだろ」
「嫌だよ。先生の隣、ゴウリキーじゃん。絶対うるさいもん」
ゴウリキーとは、柔道を得意とする熱血体育教師の郷田先生のことである。
声が大きくて、忘れ物や校則違反に厳しく、直ぐに怒り始めるので皆煙たがっている。
だから影で、体格の良さと名前をもじってゴウリキーと呼ばれているのだ。
おまけに俺のクラスの担任でもあり、余計に目を光らせているので、そんなゴウリキーに見つかれば怒られるのは目に見えている。
「先生をそういう呼び方するなよ。皆を思って言ってるいい先生なんだから」
「そういって先生、この間声がでかすぎるって嘆いてたじゃん」
「しっ。バカ言え。誰か聞いてたらどうするんだ」
先生は口元に人差し指を立て、周囲を見渡して確認をする。
自分たちの世界に浸って友達と話している生徒は、俺たちの会話など誰も聞いていない。
「誰も俺たちのことなんか気にしてないよ。ねぇ先生、放課後でもいいでしょ? ついでに分からないところ教えてよ。じゃないとまた赤点取りそう」
「お前は何で授業をちゃんと聞いてるのにそんなに点が取れないんだ。俺の説明がそんなに分かりにくいか?」
「すごく分かりやすいよ。だからその時はちゃんと出来るもん。テストになったら忘れて出来ないだけで」
「復習をしろ。テスト範囲もちゃんと言ってるだろ」
「面倒だから嫌だよ。それに、先生が教えてくれないと出来ないから。じゃあ明日、放課後行くね」
一方的に約束を取り付け、俺は身を翻して教室へと戻る。
その背後で相沢先生がため息をついたように聞こえたが、俺は気にしない。
俺にとって、課題提出日の次の日の放課後は、先生と二人きりになれる特別な日だから。
俺は毎度数学の課題を忘れ、翌日の放課後に先生の元へ届けに行く。
一度たりとも期日に提出したことはない。
先生に会いたいから。先生と二人きりで話したいから。先生が、好きだから。
俺にとって忘れものは先生と会う口実なのだ。
だからわざと忘れる。先生に会うために。
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